今村夏子「こちらあみ子」
少しずつ、周りから浮いていってしまうあみ子の目に見える世界。ADHDやLDといった重いテーマに、救いも無い展開だが、説明の少ない描写がかえって鮮やかさを感じさせる。
併録の「ピクニック」を読むと、当たり障りのない遠ざけるような優しさが、誰かの居場所を擦り減らしていく、その感覚が表題作も含めて作者の根底にあるように感じる。
読んだ本の記録。
寺田寅彦「柿の種」
物理学者で俳人でもある寺田寅彦。他愛ない日常の話題が多いが、短いコラムの見本と言えるほど、すとんと心の中に入ってくる。大正時代の文章とは思えない。
「脚を切断してしまった人が、時々、なくなっている足の先のかゆみや痛みを感じることがあるそうである。総入れ歯をした人が、どうかすると、その歯がずきずきうずくように感じることもあるそうである。こういう話を聞きながら、私はふと、出家遁世の人の心を想いみた。生命のある限り、世を捨てるということは、とてもできそうに思われない」
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大崎善生「将棋の子」
プロ棋士を目指した少年のその後を訪ねたノンフィクション。
奨励会に所属し、26歳までに四段という厳しい昇段規定を達成できなければ、プロになる道はほぼ完全に閉ざされる。誕生日を迎えるたびに募る焦燥感。わずか一手の差から、青春のほとんどすべてをかけた夢が破れていく。その時、どう生きていくのか。
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柳宗悦「民藝とは何か」
本当の美は日用品の中にこそ宿る。昭和初期に民藝運動を提唱した柳宗悦。歯切れが良く、読んでいて気持ちが良い。
「なぜ特別な品物よりかえって普通の品物にかくも豊かな美が現れてくるか」 「前者の有想よりも後者の無想が、より清い境地にあるからです。意識よりも無心が、さらに深いものを含むからです。主我の念よりも忘我の方が、より深い基礎となるからです。在銘よりも無銘の方が、より安らかな境地にあるからです。作為よりも必然が、一層厚く美を保証するからです。個性よりも伝統が、より大きな根底と云えるからです。人知は賢くとも、より賢い叡智が自然に潜むからです」
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米本和広「新装版 洗脳の楽園」
「無所有一体」を掲げ、我執=自我を捨てた“ユートピア”ヤマギシ会。解離状態に陥らせる「特講」、徐々に生まれる上下関係や命令の形をとらない強制力など、二十世紀、世界各地で悲劇を招いた社会主義の実験を彷彿とさせる。
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