葉桜の季節に君を想うということ

歌野晶午「葉桜の季節に君を想うということ」

中途半端にきざな文章が鼻について前半は読み進めるのが苦痛だったが、それも含めて大がかりな叙述トリックは見事としか言いようがない。全体的に仕掛けのために物語を組み立てたような不自然さは否めないが、叙述トリックの大傑作。

地下室の手記

ドストエフスキー「地下室の手記」

自意識を主題とした小説は数あれど、19世紀半ばに書かれたこの作品が今読んでも一番現代的。

文庫の帯に「”自意識”の中で世界を嗤う男」「苦痛は快楽である」って書かれてるけどちょっとずれているような。

安部公房「壁」

高校の時以来、10年ぶりくらいに読み返した。不条理なのに、不安や郷愁を感じさせないクールな作品。第3部の「赤い繭」など一連の短編がすばらしい。

“道徳をよそおうことが道徳である”

朽ちていった命 ―被曝治療83日間の記録

NHK取材班「朽ちていった命 ―被曝治療83日間の記録」

99年のJCO臨界事故の、事故そのものではなく被曝医療の記録。染色体が壊れ、徐々に人が“朽ちて”いく様子が克明に記されている。医療現場の凄絶さを感じると共に、人の設計図が壊れてしまった時、どんな技術を持ってしてもなす術がない無力感。

安部公房伝

安部ねり「安部公房伝」

安部公房ファンとしては、かなり期待して読んだら、期待値が高すぎたせいか、ちょっと物足りなかった。安部公房らしいエピソードや意外な一面が顔をのぞかせつつも、一つ一つの話が短くで、伝記というよりエッセイ。

飢餓浄土

石井光太「飢餓浄土」

亡霊、祈り、祟り…貧困や戦争の中で生活する人々の見る幻。著者らしい人間らしさの記録。

最近多作な著者だが、徐々に文章から著者自身の悩みが消え、描写が小説のように饒舌になってきた印象を受ける。初期の作品にあった主観的な描写に惹かれた身にとっては少し寂しく感じる。

原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ

森永晴彦「原子炉を眠らせ、太陽を呼び覚ませ」

戦時中から原子核物理学に携わってきた研究者の14年前の提言。原子力の平和利用に理解を示しつつ、脱原発の道を探る。

太陽光という結論はいまや理想主義的すぎる気もするが、日本の原子力防災の甘さの指摘など、JCO事故以前の執筆とは思えない。

マタギ 矛盾なき労働と食文化

田中康弘「マタギ 矛盾なき労働と食文化」

現代の、そして最後の世代になるだろうマタギの記録。シンプルだけど、誠実な視線。

熊を狩り、釣りをし、山菜を採って山に生きていく。マタギは猟師のことではなく、ひとつの生き方。

ハーモニー

伊藤計劃「ハーモニー」

フーコーの生権力なんかを念頭に、単純なディストピアではなく、読み手の世界観を問う作品。

設定の細かさの一方、テーマはやや消化不良な気もする。理詰めの作家だけに、生きて長編を書き続けていれば相当なものを残していたかもしれないのが残念でならない。

秋葉原事件 ―加藤智大の軌跡

中島岳志「秋葉原事件―加藤智大の軌跡」

加藤の25年を丁寧にたどった一冊。現実に友人がいて交遊的な面もあったのに、少しずつ孤独の袋小路に入っていく。理解できる面もある一方、なぜ一歩を踏み出したのかは結局わからない。

まだ発生から3年だが、あれほどの衝撃をもった事件でさえ、多くの事件の中の一つになって忘れられつつある。