狂気の起源をもとめて ‐パプア・ニューギニア紀行

野田正彰「狂気の起源をもとめて −パプア・ニューギニア紀行」

約30年前にパプア・ニューギニアの高地で精神病患者の診察を行った記録。精神医学の知見や「分裂病」という表記に時代を感じるけど、西洋文明が入り始めた社会を回った紀行文としても読み応えがある。

高地の村では分裂病の患者は少なく、以前から西洋文明と接触があった海岸部では、日本と同じような症状がみられたという。

精神疾患の発生とその慢性化は「自己と他の関係がかなり固定している文化」と「個性の確立を通して社会と直面する文化」の差に影響される。伝統社会では狂気も文脈付けられ、受容される故、一時的なもので終わることが多いのだろう。

ヘンな日本美術史

山口晃「ヘンな日本美術史」

画家の目線から、西洋の写実とは違う「日本美術」の面白さを柔らかい語り口で説いた一冊。

透視図法とは違う、段階的な奥行き。横顔に正面を向いた目、後ろから見た耳、キュビズムのように次元が混在した描写。西洋近代以降の画法になれてしまった目には、中世などの絵の魅力は分かりづらいが、それは人間の感覚からすれば、ただ見たままを書くよりも真実に近いのかもしれない。
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パワー 西のはての年代記Ⅲ

アーシュラ・K・ル=グウィン「パワー 西のはての年代記Ⅲ」

「西のはての年代記」第3作。類まれな記憶力と未来を見る能力を持ち、“幸福”な奴隷として学問を修めた少年ガヴィア。逃亡奴隷が築いた町も、人が人を支配する“力”が存在し、理想郷ではなかった。

自由とは何なのか。幸福を与えられることの欺瞞。前2作と違い、孤独で長い旅が描かれる。
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中世の東海道をゆく ―京から鎌倉へ、旅路の風景

榎原雅治「中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景」

飛鳥井雅有(鎌倉時代の公家)の日記などの文献資料をもとに、“五十三次”以前、中世の東海道の姿を考察する。

日記の記述と合わせ、当日の潮汐推算までして地形や通過時間を割り出す分析はかなりマニアック。海沿いに平野が広がっていたというよりも多くの湖沼が点在していたことや、木曾川がかつては別の川を指していたとの指摘、浜名湖が明応地震以前から海水が逆流する汽水湖だった可能性など、かなり面白い。

和歌一つとっても、ただ言葉を捉えるだけでなく、当日の場所と状況を細かく分析することで違う姿が見えてくる。文献研究とはこれほど奥深いのか。

周防大島昔話集

宮本常一「周防大島昔話集」

宮本常一が祖父や両親から聞いた話を中心にまとめた昔話集。ブラッシュアップされていない、聞き取ったままの昔話はオチも教訓もないものが多いが、そのシュールさが面白い。解釈を拒むのが本来の物語の有りようなのだろう。他の地域や落語と共通するような話もあって興味深い。
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ヴォイス 西のはての年代記II

アーシュラ・K・ル=グウィン「ヴォイス 西のはての年代記II」

「西のはての年代記」第2作。占領下で文字の使用が禁じられた都市を舞台に、語り手の少女の成長を通じて自由と信仰、和解を描く。

語りかけるものとしての言葉や文字の持つ力の大きさ。手垢の付いたテーマなのに、もっと読んでいたいと思える世界観が素晴らしい。
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画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録

山本作兵衛「新装版 画文集 炭鉱に生きる 地の底の人生記録」

国内で初めて世界記憶遺産に登録された元炭坑夫の画文集。半世紀以上をヤマで暮らし、ヤマが消えた後、夜警をしながら残した大量の記録。労働の光景から事故、道具、俗信……決して“写実的”とは言えない絵だが、労働者自身による記録は圧倒的な迫力がある。
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ギフト 西のはての年代記I

アーシュラ・K・ル=グウィン「ギフト 西のはての年代記I」

「西のはての年代記」第1作。“ギフト”と呼ばれる不思議な力を持った人々が暮らす高地。制御できない<もどし>のギフトを持つため、父に両目を封印された少年。

父と子、少年の成長と、よくあるテーマだけど、精緻な世界観に引き込まれる。ファンタジーものの王道ながら、想像力を刺激する広がりのあるラストも素晴らしい。