プロメテウスの罠1

朝日新聞特別報道部「プロメテウスの罠 明かされなかった福島原発事故の真実」

原発事故後、政府、自治体、住民の間で情報がいかに伝わらなかったのか。非常に読み応えのある優れた仕事だが、良くも悪くもドキュメンタリー的で、「なぜ」への答えが物足りない面も。SPEEDIがなぜ使われなかったのかと、避難区域設定を巡る経緯については必読。

ダンス・ダンス・ダンス

村上春樹「ダンス・ダンス・ダンス」

3部作や他の作品は何度か読み返してきたが、この作品はずいぶん久しぶり。

後日譚という自由さからか、登場人物のキャラ作りも含めて、愉悦的とも感じられるほど饒舌な語り口。

これ以前の作品で描かれたぼんやりとした喪失感は、はっきりと死という形で周りにあふれ出す。同時にこれまでディスコミットメントを徹底し、表面的には無感動だった主人公は現実への執着と焦燥感を見せる。
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笛吹川

深沢七郎「笛吹川」

戦国時代の甲州、笛吹川沿いに生きた農民一家の物語。

生きて死ぬ人の営みを淡々と形容詞や比喩をほとんど用いない文体で綴る。主人公がいない。理由もなく、予想外のタイミングで人が死ぬ。それどころか登場人物の行動の理由がそもそも説明されない。希望も無いし、そこには絶望すら無い。

視点が俯瞰的な語り手から各人物へ、自在というより、唐突に動く文体がドライさに拍車をかけている。話自体も人間の描写も非現実的なようで、近代小説の定型を崩していると言う点では徹底してリアリズムということもできる気がする。

夏の闇

開高健「夏の闇」

日本でもベトナムでも無い異国の地で、眠り、食、性の描写が続く。

ベトナムが舞台だった「輝ける闇」より文体や思考は濃密になっているのに、そこには生の実感と呼べるようなものがほとんど無い。現実の近さを取り戻すためには、ベトナムに戻るしかないのだろうか。
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水の女

中上健次「水の女」

中上健次は同じような構造、テーマの作品を繰り返し書いた。土地に漂う匂い。理不尽な衝動。動物的な、自我が希薄にさえ思える性描写。紀州の路地とその周辺を舞台とした作品群は、この短篇集に収められたものを含め、狭く小さな話でも、どれもが神話的な色彩を帯びている。

現代語訳 般若心経

玄侑宗久「現代語訳 般若心経」

般若心経大本の現代語訳だが、訳というより解説を加えた一つの作品。著者は臨済宗の僧侶だが、現代的な感覚に基づいた説明で理解しやすい良書。

「色不異空」「色即是空」は日本的な感覚でも共感しやすいが、それに続く「空不異色」「空即是色」をどう捉えるか。そこに諦観にとどまらない大乗仏教の核が詰まっているように思う。

女の民俗誌

宮本常一「女の民俗誌」

「平凡だが英知にみちた生活のたて方がもっと掘り起こされてよいように思う」

日本列島の無文字社会を丹念に記録した宮本の膨大な著作から、女性に関する文章を集めたもの。

生きることへの敬意といたわりに満ちたまなざし。母処婚や姉家督制度の話からは日本社会の多様性も浮かび上がる。最後に収録された母に関する文章も美しい。

倒壊する巨塔 ―アルカイダと「9・11」への道

ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 ―アルカイダと『9・11』への道」

アルカイダのトップ、ビンラディンとザワヒリの人生を幼年時代から追いながら、同時多発テロに至る過程を描く。

イスラム原理主義の誕生から、土建屋の空虚な熱情が先鋭化し、ジハードとしてアメリカに標的を絞るまで。人物に焦点を当てることでハンチントンの「文明の衝突」のような粗雑な理解とは対照的な9・11への道を浮き彫りにしている。
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M/D ―マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究

菊地成孔、大谷能生「M/D ―マイルス・デューイ・デイヴィスⅢ世研究」

圧倒的な分量。講義録だけど、明らかに加筆しまくったと分かる、くどく(ほめ言葉)、濃密な文章。

アンビヴァレンス、ミスティフィカシオン、戯画的なポップさ、革命家ではなくモードチェンジャー、スターへの憧れ、飽きっぽさ。
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