第七官界彷徨

尾崎翠「第七官界彷徨」

これまた不思議な小説。

少女と兄2人と従兄との共同生活の物語。誰もが誰かに失恋している。

“第七官”に届く詩を書きたいとか、蘚の恋のために部屋で肥やしを煮るとか、少女漫画のような雰囲気と、シュールで前衛的な雰囲気、切ない叙情的な雰囲気とが混ざり合って、最後まで読んでも結局良くわからないまま。仮名遣いとか作中に出てくる品を除けば、いつの時代の作品か全く想像ができそうにない。
“第七官界彷徨” の続きを読む

つなみ 被災地の子どもたちの作文集

「つなみ 被災地の子どもたちの作文集」

被災地の子供の作文集。吉村昭の「三陸海岸大津波」に収録された当時の作文と比べると、文章のレベルは高くないし、読み進めるのは結構苦労する。それでも、子供たちがあの日何を見たのか、何が記憶に残っているのか、何を語りたい、語りたくないのかが伝わってくる。

何より印象に残ったのが、ほとんどの子がボランティアなどで避難所を訪れた人たちや支援物資への感謝の言葉を述べ、前向きな気持ちを綴っていること。災害時に“本当に必要な支援”は難しい。ただ、子供たちにこうした思いを持ってもらうためだけでも、何かをする意味があると思う。

夫婦善哉

織田作之助「夫婦善哉 完全版」

商家のぼんぼんの駄目男、柳吉と、勝ち気で一途な元芸者の蝶子。商売を始めても柳吉が放蕩して使い果たしてしまい、生活は何度も行き詰まる。どうしようも無い話が延々と続いていくのに、なぜかとても魅力的。終盤の「一人より女夫(めおと)の方が良えいうことでっしゃろ」の台詞がぐっとくる。
“夫婦善哉” の続きを読む

宮本常一の写真に読む失われた昭和

佐野真一「宮本常一の写真に読む失われた昭和」

日本中の村という村を歩き、十万点の写真を残した宮本常一。民家の軒先や畑、林……写真家ではなく、あくまでメモとして写したものなので「写真」としての質が高いわけではないが、それらの写真は土地の人々がどんな生活をし、自然の中でどう労働してきたのかを雄弁に伝えている。
“宮本常一の写真に読む失われた昭和” の続きを読む

族長の秋

ガブリエル・ガルシア=マルケス「族長の秋」

独裁者の物語。「百年の孤独」と同じように神話的だが、なんと饒舌なのだろう。「われわれ」から始まり、一人称も時間軸も混沌として、誰が話しているのか分からない文体。改行も無く、ブラックで超現実的なエピソードが延々と続く。濃密で、やかましいくらいなのに、そこには強烈な孤独が滲む。
“族長の秋” の続きを読む

アジアにこぼれた涙

石井光太「アジアにこぼれた涙」

「旅行人」に連載されていたもの。アフガントラックの絵師、スラムの少年の夢、日本人に捨てられたジャカルタのニューハーフ……。最近相次いで本を出している著者だが、これは特に思い入れのあるエピソードを集めたのだろう。どれも非常に強い印象が残る。
“アジアにこぼれた涙” の続きを読む

犯罪

フェルディナント・フォン・シーラッハ「犯罪」

「犯罪者」の人生を描く連作短編集。哀しみ、希望、不気味さ、いろいろな要素があるけど、情景描写がほとんど無く、多くの人の人生を淡々と語っていくその文章の速度に引き込まれる。久しぶりに海外の短篇集で本当に面白いと思った。登場人物に移民がたくさん出てきて、非常に現代ドイツ文学らしい作品でもある。

午後の曳航

三島由紀夫「午後の曳航」

過剰な自意識から来る俗世間への憎悪。個人的には三島由紀夫はなかなか難しい。耽美的というのとも違うし、時代も感じる。それでも強烈な魅力と迫力があるのは、三島自身のアンバランスさ、精神的な未完成さが作品に染み出しているからだろうか。読んでいて、物語の筋以上に気持ちの悪いものが残る。