現代口語訳 秋山記行

現代口語訳 「秋山記行」 (信濃古典読み物叢書8)

昔の人の旅行記を読むのは面白い。

「我々里の者は、さまざまな悩みを心身にため、欲望をほしいままにし、鳥や魚の肉を食べ散らし、悩みや悲しみで心を迷わして、日々暮らしている。これでは夏の虫が火に入り、流れの魚が餌にかかるように寿命を縮めるばかりである。少しでも暇を手にすると、私のように金銭欲や名誉欲に走り――」「できるなら、私もこの秋山に庵を結んで、中津川の清流で命の洗濯をしたい」

都市生活に疲れた現代人の嘆きのようなこの文章、いつ書かれたものだろうか。
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一日に一字学べば…

桐竹勘十郎「一日に一字学べば…」

桐竹勘十郎の芸は、人形に息を吹き込む、という表現が大げさではないことを教えてくれる。

14歳で入門して芸歴50年。修行の日々を振り返りつつ、文楽と人形への思いを語る。芸談というよりも、修行や仕事についての経験談となっており、文楽に興味のない人にも勧められる内容。好きであること、不安だから努力すること、自分で考えること。文楽の世界だけでなく、働くこと全般について考えさせられる。もちろん文楽の入門書としても優れた一冊。
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なぎさホテル

伊集院静「なぎさホテル」

作家としてデビューする前後の20代後半から30代にかけて「逗子なぎさホテル」で過ごした7年間を随筆風に綴った小説。妻と別れ、会社も辞めて借金にまみれ、宿泊費も満足に払えない若者を家族のように迎えてくれた支配人をはじめとする人々の温かさに、読んでいるこちらも心が安らぐ。この期間の重要な部分を占めただろう夏目雅子との日々についてはほとんど触れられていないが、これは著者の哲学によるものだろう。
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鳩どもの家

中上健次「鳩どもの家」

中上健次の初期作3本。薬でラリった予備校生の無為な日々を綴る「灰色のコカコーラ」は、村上龍の「限りなく透明に近いブルー」を連想させるが、村上龍が中上のこの作品の影響を受けたようだ。

こうした初期の作品から路地を舞台にした一連の作品群へと達したのが不思議なような気もする一方、最後の「五錠は母のため、後の五錠は兄のため、姉のためにも三錠――」とドローランを飲む場面からは、やはり中上は最初から書くべきものを持っていた作家という印象を受ける。
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道頓堀川

宮本輝「道頓堀川」

宮本輝の川三部作は高校生の頃に「泥の川」「螢川」を読んでいるが、この「道頓堀川」は初めて。喫茶店に住み込みで働く大学生、過去に傷を持つ店主、ビリヤードに打ち込むその息子らの人生が繊細な筆で綴られる。読みながら道頓堀の川辺を流れる人の波と川面に揺らめくネオンの明かりが目に浮かぶ、しみじみと良い作品。
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恐怖の哲学

戸田山和久「恐怖の哲学 ホラーで人間を読む」

恐怖とは何なのか、そして人はなぜ恐怖を楽しむ(ホラー映画、肝試し…etc)ことができるのか。著者は科学哲学の専門家。哲学や脳科学の先行論文を踏まえつつ、著者なりの視点を交えて分かりやすく人間の情動の謎に迫る。
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西行

白洲正子「西行」

西行の評伝。後半からはゆかりの地を訪ねる紀行文の色が強くなる。西行は歌を詠みながら日本各地を漂泊した。武士でありながら出家し、そしてなお俗世への思いも捨てきれない。自分の欲望を持てあましつつ、それを受け入れて生きる。大変人間的な人物で、自らが歌を詠むことを仏を彫る心地に喩えた。
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