最後の晩餐

開高健「最後の晩餐」

食談。開高健はとにかく文章が優れている。くどいようで軽妙自在。とらえどころの無い脱線をする豊かな知識。「女と食が書けたら一人前」という文壇の格言に対し、戦争などの極限状態を扱った作品以外で食がまとも描かれたことがないと鋭い指摘をしつつ、開高の筆は「筆舌に尽くせない」に逃げない。高級料理から唐代の喫人まで果敢に遡上にあげていく。所々に挟まれる安岡章太郎や遠藤周作、吉行淳之介といった作家仲間の馬鹿話が面白い。

幽霊―或る幼年と青春の物語

北杜夫「幽霊―或る幼年と青春の物語」

「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるのだ」という印象的な書き出しから始まる幼年~青春期の物語。「神話」が人類を支えているように、幽霊のように寄り添い、浮かび、消えていく過去があるから人は生きていける。物語に大きな起伏があるわけでもなく、描写に次ぐ描写で読むのはなかなか骨が折れたが、幼い日々の世界の見え方をこれほど繊細に美しく綴った小説は他に知らない。

舟木一夫の青春賛歌

大倉明「舟木一夫の青春賛歌」

昭和史の重要な一側面である歌謡曲の歴史を描いていて、舟木一夫のファン以外にも勧められる一冊。

貧窮、鮮烈なデビュー、低迷、復活という舟木一夫の半生も印象的だが、結果的にそれが昭和の風俗史に重なっている。今や“流行歌”は消えてしまったが、歌が社会風俗を表していた時代があった。大量の歌謡映画が作られ消えていった、舟木一夫はその時代の最後のスターの一人でもある。

大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし

山川静夫「大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし」

劇場の三階席後方から声をかける「大向こう」。静岡から上京した著者は大学時代に歌舞伎にはまり、自らも大向こうになる。タイミング良く声をかけるには話の筋を覚えているだけでなく、義太夫や長唄の知識も不可欠。それは趣味というより一つの芸、生き様に近い。
“大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし” の続きを読む

きのうの神さま

西川美和「きのうの神さま」

短編集。医者が主人公のものが多いが、医療ドラマというよりは、地方社会や家族の姿を描いた作品集という感じ。見下したり、嫌悪したり、誰もが日常で抱く後ろめたい感情を丁寧にとらえている。といっても、それを過剰に追究するのではなく、もやもやしたものをさらっと書いていくのが著者らしい。いやらしさと温かさが表裏一体となって存在する人間の描き方が秀逸。

今夜、すベてのバーで

中島らも「今夜、すベてのバーで」

重度のアルコール依存症だった著者が、連続飲酒で入院した病院での日々をもとに綴った小説。「酒をやめるためには、飲んで得られる報酬よりも、もっと大きな何かを、『飲まない』ことによって与えられなければならない。それはたぶん、生存への希望、他者への愛、幸福などだろうと思う」。飄々としたゆるい描写の中に、ところどころ透徹した視線が見え隠れするのが著者らしい。
“今夜、すベてのバーで” の続きを読む