塩の街

有川浩「塩の街」

有川浩デビュー作。人間が次々と塩化していく社会。終末のラブストーリー。一時期流行ったセカイ系というのか、なんだか今読むと懐かしい雰囲気の作品。もともとライトノベルとして書かれているので、細かな説明が無いままご都合で物語が進むのはご愛嬌。塩で崩壊していく文明という世界設定が想像力を刺激する。

ふたり 皇后美智子と石牟礼道子

高山文彦「ふたり 皇后美智子と石牟礼道子」

2013年の水俣訪問を中心に、他者の悲しみに感応する「もだえ神」としての天皇皇后と石牟礼道子の姿を描く。

著者の北条民雄や中上健次の評伝が素晴らしかったので、そのレベルを期待していたら、ちょっと期待とは違う内容だった。水俣病闘争史に関しては「苦海浄土」の第二、第三部や渡辺京二の著書をもとに書かれた部分が多く、石牟礼道子という存在に対しても、取材者として踏み込むというより、友人としての描写にとどまっている。ただそのぶん人柄が伝わってくる貴重な一冊でもある。
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さようならコロンバス

フィリップ・ロス「さようならコロンバス」

アメリカらしい雰囲気に満ちた青春恋愛もの。今や超大御所のイメージがある著者だが、この作品は若く瑞々しい。ひと夏の恋の始まりから終わりまで。よくあるプロットながら、背景にアメリカにおけるユダヤ人社会の姿が書き込まれていて、主人公が働く図書館に通う黒人少年の描写など細部も印象的。普遍的で、かつ唯一無二。
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オランダ風説書

松方冬子「オランダ風説書 ―『鎖国』日本に語られた『世界』」

長崎のオランダ商館が幕府に提出していた風説書。幕府が国際情勢をどう捉えていたのか、江戸時代の国際感覚を知りたいと思って手に取った本だが、実際には風説書の影響は限られていたという。
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坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ

坂東三津五郎「歌舞伎の愉しみ」

坂東三津五郎の聞き書き。初心者向けの歌舞伎入門や好事家向けの芸談はたくさんあるが、歌舞伎を多少なりとも見たことがある“中級者”向けの本は少ない。その層を対象としており、演目ごとの工夫や先人の思い出など、分かりやすく内容も充実。歌舞伎ファン必読。
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槿

古井由吉「槿」

記憶の断片と、とりとめのない思考が混じり合う。離人症という言葉が作中に出てくるが、今ここに生きているという実感が失われてしまう瞬間を伸び縮みする不思議な文体でとらえている。読みやすい小説ではない。一文一文は極めて平易な日本語なのに、一段落となると理解に苦しむ。二人の女との関係が物語の主軸となるが、著者はそのドラマに筆を割くわけではない。人物描写も不可解だが、妄想が絡み合って互いの思考に根を下ろしていく様はリアリティがあり、生きることに対する根源的な恐怖のようなものが心に残る。

王国

中村文則「王国」

「掏摸」の姉妹編。悪の象徴としての木崎がこの作品にも登場する。人の悪意は読めないし、人生は徹底的に理不尽。古風(文章は現代的で読みやすいけど)な問題設定は著者の持ち味で、 大器を感じさせる一方、作品はやや小ぶり。悪が典型過ぎるのは狙いだとしても、このテーマなら小説として中編程度の長さでは少し物足りない。ただ読み物としては、「掏摸」 よりこちらの方がスリリングで面白いかも。