たそがれ清兵衛

藤沢周平「たそがれ清兵衛」

病に伏せる妻と暮らす「たそがれ清兵衛」ほか、8人の剣士を描いた短編集。どれも短い中にドラマと魅力的な人物が詰まった名品。

ただ、藩のごたごたの中、冴えないと思われていた人物が実は達人で……という構造がすべて同じで、続けて読むとちょっと食傷気味。

城勤めの剣士たちが主人公で、時代物とはいえ、現代に通じる苦悩がある。まさに、「せまじきものは宮仕え」。

反劇的人間

安部公房、ドナルド・キーン「反劇的人間」

安部公房とドナルド・キーンの対談。40年近く前の対談だが、「日本人論」の流行に疑問を呈するところから始まり、古さは感じない。あまりまとまりのない内容だけど、所々に非常に鋭いやりとりがある。

安部の「人間の個性というものを信じない」という言葉や、特殊から普遍に至るという小説手法への疑問、『ゴドーを待ちながら』を例に挙げて物語よりも「時間」の存在を示されることが人間にとって一番心に響くという指摘など、なるほどと思わされた。

文学論では、安部が人物造形などから川端康成の作品を西洋的と感じると語る一方、キーンは逆に、文章や会話、物語の構造などから谷崎の方が西洋的と指摘するのも、それぞれの感性の違いが分かって面白い。

魔境アジアお宝探索記

島津法樹「魔境アジアお宝探索記 ―骨董ハンター命がけの買い付け旅」

フィリピン、タイ、ベトナム、インドネシア……陶磁器、古銭、黄金仏から隕石まで、骨董ハンターの買い付けの旅。各国の骨董商やディーラーとの騙し合いも面白いけど、まだ見ぬ品々を見つけるために密林の小さな集落や遺跡の発掘現場を訪れるくだりが特に面白い。戦利品を国外に持ち出そうとする場面もスリリング。然るべき由緒がついていれば重文や国宝級であっただろう品が次々と登場し、現代の冒険小説のよう。断片的なエピソードが中心で少し物足りないが、こんな世界があったのかという新鮮な驚きを久しぶりに感じさせてくれた一冊。

アジア新聞屋台村

高野秀行「アジア新聞屋台村」

在日外国人向けのミニコミ紙を発行する小さな新聞社を舞台とした自伝的小説。

多様な人が集まり、好き勝手に仕事をしている屋台村のような空間。一人ひとりが自分のために生きることが、不思議な調和を生んでいる。酒飲み書店員大賞に輝いた傑作「ワセダ三畳青春記」の続編のような内容だが、読み心地はよりルポっぽい。すいすい面白く読めてしまったが、ふと、自分はいま好きなことをしているだろうか、と思わされた。

手鎖心中

井上ひさし「手鎖心中」

言葉遊びの得意な井上ひさしらしい軽妙な時代小説。大店の若旦那が戯作者目指して自ら手鎖の刑を望み、心中事件を起こす表題作と、もう一篇。ドタバタを通じて、どこか現代を生きる自分自身を顧みさせられるのがこの人らしい。近世の戯作者の姿を通じて、現代の物書きの覚悟を問うているようにも思える。

父帰る・恩讐の彼方に

菊池寛「父帰る・恩讐の彼方に」

「父帰る」「恩讐の彼方に」「忠直卿行状記」「藤十郎の恋」「三浦右衛門の最後」の五本。簡潔な文章で、短編でもここまで語れるという見本のような作品。特に「藤十郎の恋」は、芸道の業の深さを描いて、息が詰まるような濃密さ。

「三浦右衛門の最後」は一々「この時代は○○が当然だったのである」と近世以前の野蛮性を強調する一文が挟まれていて、菊池寛の歴史観が伺われて面白い。

その街の今は

柴崎友香「その街の今は」

何気ない日常を描くという、よくある感じの小説だが、大阪の街に対する愛情に富んでいて読んでいて温かい気持ちになる。それもありがちなデフォルメされた“大阪らしい大阪”ではなく、日本中共通するような都市の情景に、そこで生まれ育ったという愛着を滲ませる。
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師父の遺言

松井今朝子「師父の遺言」

直木賞作家である著者の自伝だが、その多くを戦後文化の巨人(怪人?)、武智鉄二とのエピソードが占めており、一種の評伝ともなっている。あくまで思い出としての書き方で少し物足りない部分もあるけど、活動、発言の振幅が広く、なかなか実像がつかめない武智鉄二という人物の情熱、器の大きさ、そして何より人間らしい側面を最後の弟子という立場から綴っていて胸を打つ。“兄弟子”である扇雀(坂田藤十郎)とのやりとりも印象的。

ニッポン景観論

アレックス・カー「ニッポン景観論」

何でもアスファルトとコンクリートで覆い、独創的な巨大建築が賞という権威の下でもてはやされ、電柱、電飾、看板、幟が無秩序に氾濫する。日本の景観がいかに台無しにされているか、写真たっぷり、皮肉たっぷりに説く。当事者は不快な気持ちになるだろうけど、大変面白いし、考えさせられる一冊。ただ日本の看板や張り紙、幟好きは近世くらいからの歴史があって、もはや文化といえるような気がしなくもない。海外で旧市街や歴史的建造物保存に成功した事例も少数ながら紹介されていて勉強になる。

動物園物語/ヴァージニア・ウルフなんかこわくない

エドワード・オールビー「動物園物語/ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」

エドワード・オールビーの戯曲2篇。アメリカらしいリアリズムの上に築かれた不条理劇。

「動物園物語」は、著者略歴で現代社会のコミュニケーションの欠落を描いた作品と書かれているけど、むしろこれを欠落と捉えることが現代的なのかも。

「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」は二組の夫婦が入り混じって罵り合う、凄みのある対話劇。破綻したように見える関係の中でも、夫婦は人生を共有している。