さいごの色街

井上理津子「さいごの色街」

遊廓の雰囲気を今なお残す大阪・飛田新地。文章の端々に、興味本位、という執筆動機が滲むが、取材はおろか、見学に立ち入ることも憚られる土地だけに、よくここまで書けたなと思う。取材対象を騙し討ちにする不誠実な取材過程も、売春の是非に対する自らの迷いも明らかにしつつ、飛田に生きる人びとの話を聞いて回った記録は読み応えがある。

空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集―

寮美千子「空が青いから白をえらんだのです ―奈良少年刑務所詩集―」

少年刑務所の教室で書かれた57篇の詩。技巧の全くないシンプルな言葉だけに、純粋な気持ちがすっと伝わってくる。特に家族に関する詩が多く、中には抑圧などの微妙な歪みが感じられるものも。

「犯罪者」とどう向き合うか。少年犯罪は家族や周囲の環境の影響が大きいだけに、更正は非常に大きなテーマだが、それを抜きにしても一冊の詩集として胸を打つし、詩とか言葉の原点を感じさせる。

夢よりも深い覚醒へ ―3・11後の哲学

大澤真幸「夢よりも深い覚醒へ ―3・11後の哲学」

リスク社会では中庸は最も無意味な選択肢になり、人は「リスクの致命的な大きさ」より、「リスクは事実上起きない」に傾いてしまう。命と経済性の天秤――倫理的に答えは明らかだが、その命が、想像の及ばない不確定な未来の命になった時、それは答えの無い“ソフィーの選択”になる。

原発事故を総括し、脱原発への思想を立ち上げようという試み。
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秘密

東野圭吾「秘密」

バス事故で亡くなったはずの妻。その意識が生還した娘に宿った時、2人はどう生きていくか――。ハッピーエンドとは言えないけど、ラストも余韻が残る。既視感のある題材だが、全体を一気に読ませてしまう文章の読みやすさと物語のテンポの良さはさすが。

被差別の食卓

上原善広「被差別の食卓」

フライドチキンからあぶらかすまで世界の“ソウルフード”を巡る旅。差別されているから、捨てられるものを使った料理を生み出す。忌避されるものを食べるから、差別される。新書だし、食べ歩きルポで内容的な深みはないけど、著者自身が被差別部落出身ということもあり、実体験を交えた語りが興味深い。興味本位ではなく、共感に満ちた内容。

阪急電車

有川浩「阪急電車」

阪急今津線が舞台の連作短篇。小さな出会い、別れ、恋の始まり……個々のエピソードはべったべただけど、爽やか。タイトルからはもっと関西色が強い小説かと思ったら、そんなことはなくて、どこにでもありそうな鉄道沿線の物語。通勤、通学、休日のお出かけ。電車が暮らしの中にある人、すべてにおすすめ。

わたしが出会った殺人者たち

佐木隆三「わたしが出会った殺人者たち」

永山則夫、宮崎勤、麻原彰晃、宅間守…刑事裁判の傍聴を生業とし、幾多の犯罪小説を書いてきた著者の回想録。雑誌に連載したエッセイなので一篇一篇の内容はちょっと物足りないけど、著者と“殺人者”双方の人柄が伝わってきて興味深い。

どうしても、報道の向こう側にいる事件の関係者への想像力は欠けがちで、中でも加害者に思いを巡らすことは少ない。自らを小説にしてくれと持ちかけ、著者が喪主まで務めた山川一のエピソードが印象的。