猟銃・闘牛

井上靖「猟銃・闘牛」

井上靖の初期短編集。表題作の一つ「猟銃」は、妻、愛人、愛人の娘の3人からの手紙で、13年間の許されぬ恋を綴る恋愛小説。猟銃を持った男の背に孤独を読み取り、美しく哀しい物語を紡ぐ。「闘牛」は、社運をかけた事業に邁進しながら、一方で自分の人生に乗り切れない男の悲哀が漂う。もう一作の「比良のシャクナゲ」もまた誇張された老いと独善の中に普遍的な人間の孤独が滲む。

十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争

峯村健司「十三億分の一の男 中国皇帝を巡る人類最大の権力闘争」

権力闘争のドキュメント。毛沢東と劉少奇、華国鋒と鄧小平、江沢民と胡錦濤……、政治と権力闘争は切っても切り離せない関係だが、中国共産党のそれは民主国家の想像を遥かに上回る。
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それでも人生にイエスと言う

V.E.フランクル「それでも人生にイエスと言う」

「夜と霧」のフランクルの講演録。自己啓発書のようなタイトルだが、これは強制収容所で歌われていた歌の一節から。

人間を手段として利用し、“価値のない命”を奪う優生思想と合理主義が行き着いた先で、生きる意味をどう見出すか。フランクルは収容所での体験と医師としての経験から数々の実例を紹介し、価値のない存在などないということを説く。特に障害者や病人などの命を奪った優生思想の誤りについては厳しく批判する。
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最後の晩餐

開高健「最後の晩餐」

食談。開高健はとにかく文章が優れている。くどいようで軽妙自在。とらえどころの無い脱線をする豊かな知識。「女と食が書けたら一人前」という文壇の格言に対し、戦争などの極限状態を扱った作品以外で食がまとも描かれたことがないと鋭い指摘をしつつ、開高の筆は「筆舌に尽くせない」に逃げない。高級料理から唐代の喫人まで果敢に遡上にあげていく。所々に挟まれる安岡章太郎や遠藤周作、吉行淳之介といった作家仲間の馬鹿話が面白い。

幽霊―或る幼年と青春の物語

北杜夫「幽霊―或る幼年と青春の物語」

「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるのだ」という印象的な書き出しから始まる幼年~青春期の物語。「神話」が人類を支えているように、幽霊のように寄り添い、浮かび、消えていく過去があるから人は生きていける。物語に大きな起伏があるわけでもなく、描写に次ぐ描写で読むのはなかなか骨が折れたが、幼い日々の世界の見え方をこれほど繊細に美しく綴った小説は他に知らない。

移民の宴

高野秀行「移民の宴 日本に移り住んだ外国人の不思議な食生活」

在日外国人の「食」を訪ね歩いたルポ。取材相手の出身国はタイ、イラン、フィリピン、スーダンと多岐にわたる。彼らがふだん食べているのは日本食? それとも母国の料理? それなら食材はどこで手に入れているのだろう? 身近に住んでいても意外と知らない食生活。食はそのコミュニティーのありのままの姿を映し出す。
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大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし

山川静夫「大向うの人々 歌舞伎座三階人情ばなし」

劇場の三階席後方から声をかける「大向こう」。静岡から上京した著者は大学時代に歌舞伎にはまり、自らも大向こうになる。タイミング良く声をかけるには話の筋を覚えているだけでなく、義太夫や長唄の知識も不可欠。それは趣味というより一つの芸、生き様に近い。
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