中上健次 電子全集

中上健次 電子全集

待ちに待った電子全集の刊行が始まった(現在3巻まで)。

高校時代に当時手に入る作品は一通り読んだものの、絶版や文庫未収録などで未読の作品も結構あるため嬉しい。巻末の担当編集者や中上紀による文章は短いながらも必読の内容。中上の人物像などはそれなりに知られてはいるものの、身近な人々の文章でそれを読むとやはり生々しい。

担当編集者として「岬」を生みだした高橋一清氏に「初めて俺を人間あつかいしてくれた」と泣きじゃくったことや、芥川賞受賞直後、中上の暴力が原因で家族が家を出ていたことなど。
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生ける屍の死

山口雅也「生ける屍の死」

  

死者が次々と蘇るという世界設定からして異色のミステリー。主人公が一度死んでからが本番という物語もぶっ飛んでいる。死者が蘇るため、アリバイも、証拠も、さらには動機も、全てが発想から変わってくる。普通のミステリーに飽きたという人には非常におすすめ。
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幕末純情伝

つかこうへい「幕末純情伝」

つかこうへいの代表作の一つ。戯曲と小説のセット版。沖田総司が女という設定が共通していること以外は、映画、戯曲、小説、全て見事なほど別物。戯曲も上演ごとに大きく異なる。

新撰組や志士の面々が出てくるが、歴史ものではなく、総司と土方、龍馬のラブストーリー。でも、一般的なラブストーリーの甘さは無く、とにかくめちゃくちゃ。
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火花

又吉直樹「火花」

お笑いの世界を舞台にしていること以外はストレートな青春小説(芥川賞の選考会で宮本輝が推したのもなんとなく納得)。自分だけが理解し、尊敬している師匠というモチーフも古典的だが、その師匠との会話を通じて、良い意味で青くさい人生論、お笑い論(創作論)になっていて心に残る。何より、作者が自分自身にとって切実なものを書いていることが伝わってくる。
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幼年期の終わり

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」

第1章が書き直されている新版。

宇宙の彼方から超越者が現れ、人類を導く。人はその超越者をオーバーロードと呼び、国家は解体され、差別や格差は撤廃される。絶対に超えられない存在を知った人類は進歩をやめる。宇宙を目指さなくなり、科学も芸術も衰退する。

こう書くとよくあるディストピア小説だが、この作品のスケールはそれにとどまらず、まさに人類の“幼年期の終わり”を描く。
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恋川

瀬戸内晴美「恋川」

昭和を代表する文楽人形遣いの一人、桐竹紋十郎の生涯を縦軸に、男の芸の世界を描きつつも、基本的には著者らしい女の物語。 紋十郎本人の女出入りに、その弟子、さらに語り手の友人の不倫関係が重なって綴られる。これら全てが、浄瑠璃に語られる男と女の物語の繰り返しにも感じられる。
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巨匠とマルガリータ

ミハイル・A・ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」
(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

ずっと前に買ったまま、厚さで敬遠していた一冊。読み始めると、奇想天外な展開に引き込まれてあっという間に読了。第一部は、モスクワに悪魔が現れてやりたい放題。第二部はタイトル通り“巨匠”とマルガリータの恋に焦点が当たる。そこに巨匠が書いたピラトの物語が重なる。
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第三の男

グレアム・グリーン「第三の男」

映画で知られる作品だが、グレアム・グリーンの原作も当初から映画化前提で書かれている。映像的な場面展開に、心理描写などが削ぎ落とされた文体、大戦直後の分割統治下のウィーンの雰囲気が組み合わさって独特の雰囲気を生んでいる。陰鬱な空気の中、主人公の三文小説家が純文学の大家に間違われるエピソードが英国喜劇っぽくて面白い。

小説の技巧

デイヴィッド・ロッジ「小説の技巧」

「意識の流れ」「マジック・リアリズム」「信用できない語り手」「複数の声で語る」「エピフィニー」「メタフィクション」など小説の技法を実際の引用文とともに解説。元は英国の新聞連載で、短くまとまっているためとても読みやすい。創作というより批評や読解の入門書として優れている。訳者(柴田元幸)があとがきに記しているように「健全な技術的知識は、同じテクストから読み取れる情報量を増やしてくれるはずである。要するに、小説をより面白く読めるようにしてくれる」。
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