スクラップ・アンド・ビルド

羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」

早う死にたか、と繰り返す祖父を楽にしてあげたいと、過剰な介護で死期を早めようとする孫。衰えていく祖父と、筋トレを繰り返し、自らを律しようとやや病的に振る舞う孫が対比され、そこに高齢化社会の閉塞感が滲む。最後は比較的さらっと終わってしまい、この先を書ききってほしかった気もする。

季節の記憶

保坂和志「季節の記憶」

鎌倉を舞台に、父と息子、友人の兄妹との穏やかな日々を描く。大きな出来事は何もなく、子どもの目から見た世界の不思議と、大人の目から見た世界の不思議が綴られていく。

季節の記憶は年とともに層を重ねる。季節の移ろいに感じることは年を取るほど増えていく。
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猟銃・闘牛

井上靖「猟銃・闘牛」

井上靖の初期短編集。表題作の一つ「猟銃」は、妻、愛人、愛人の娘の3人からの手紙で、13年間の許されぬ恋を綴る恋愛小説。猟銃を持った男の背に孤独を読み取り、美しく哀しい物語を紡ぐ。「闘牛」は、社運をかけた事業に邁進しながら、一方で自分の人生に乗り切れない男の悲哀が漂う。もう一作の「比良のシャクナゲ」もまた誇張された老いと独善の中に普遍的な人間の孤独が滲む。

幽霊―或る幼年と青春の物語

北杜夫「幽霊―或る幼年と青春の物語」

「人はなぜ追憶を語るのだろうか。どの民族にも神話があるように、どの個人にも心の神話があるのだ」という印象的な書き出しから始まる幼年~青春期の物語。「神話」が人類を支えているように、幽霊のように寄り添い、浮かび、消えていく過去があるから人は生きていける。物語に大きな起伏があるわけでもなく、描写に次ぐ描写で読むのはなかなか骨が折れたが、幼い日々の世界の見え方をこれほど繊細に美しく綴った小説は他に知らない。

きのうの神さま

西川美和「きのうの神さま」

短編集。医者が主人公のものが多いが、医療ドラマというよりは、地方社会や家族の姿を描いた作品集という感じ。見下したり、嫌悪したり、誰もが日常で抱く後ろめたい感情を丁寧にとらえている。といっても、それを過剰に追究するのではなく、もやもやしたものをさらっと書いていくのが著者らしい。いやらしさと温かさが表裏一体となって存在する人間の描き方が秀逸。