向日葵の咲かない夏

道尾秀介「向日葵の咲かない夏」

自殺したクラスメイトを巡る物語。予備知識無しで読み始めたら、ファンタジー? ホラー? ミステリー? と二転三転する話に引き込まれて、一気に読了。一種の叙述トリックだけど、あっと驚くタイプのネタ明かしではなく、どんどん気分が沈んでいって、複雑な気持ちの残るラスト。

戻り川心中

連城三紀彦「戻り川心中」

短編ミステリーの金字塔と言われるだけあって、見事な完成度。詩情豊かで流麗な文章。五編とも花にまつわる話で、特に歌人を主人公に据えた表題作が美しい。トリックや動機は少し大味かもしれないが、それを叙情的な文章と構成が飲み込んで不自然さを感じさせない。

麻耶雄嵩「螢」

定番の“嵐の山荘”もの。叙述トリックが大きく二つ仕掛けられていて、かなり凝った作り。一人称と三人称を混在させる文体が違和感があって、一つ目の仕掛けは多くの読者が気付いてしまうだろうけど、そこからもう一発。ただ凝りすぎていて、かえって驚きは少ないかも。トリックを抜きにしても、充分スリリングで面白いけど。

孤島パズル

有栖川有栖「孤島パズル」

直球の孤島もの。話しの進め方、手がかりの出し方が絶妙で、それほど犯人当てに興味が無い自分のような読者でも、ついつい考えこんでしまう。パズルというタイトルが表しているように、トリックよりロジック。驚きは無いが、引き込まれる。

その日東京駅五時二十五分発

西川美和「その日東京駅五時二十五分発」

人より少し早く終戦を伝えられ、焼け跡の中を東京から故郷の広島に帰っていく少年の姿を描く。著者自身の伯父の手記が下敷きとなった物語。淡々とした筆致で、劇的な展開は何もない。戦争を描いた従来のフィクション、あるいはフィクションのような証言に対するアンチテーゼか。後書きには「『全てに乗りそびれてしまった少年』の空疎な戦争体験」と書かれているが、彼は本当に乗りそびれていたのだろうか。最後、焼け跡の広島を歩いて行くシーンで小説は終わる。その後の彼の物語が知りたいと思った。それも著者の狙い通りなのかもしれないけど。

ニキの屈辱

山崎ナオコーラ「ニキの屈辱」

ストレートな恋愛小説。読み心地も、読後感も漫画っぽい。気鋭の女性写真家、ニキとその助手。ニキのツンデレがテンプレ過ぎて、しかもデレの部分が甘さ強めで読んでいてしんどかったけど、終盤の、苦くて、切なくて、爽やかな感じはなかなか。

精霊の守り人

上橋菜穂子「精霊の守り人」

久しぶりにファンタジーを読みたいと思って、読んだことの無かった著者の代表作を。ストレートな異世界ファンタジーだけど、その背景に文化人類学的、構造主義的な骨太の世界観があって、現実のこの世界を描いているとも感じられる。大人になるとなかなか夢中になれるファンタジーって見つからないけど、これは3年くらい前に読んだル=グウィンの「西のはての年代記」に劣らぬ面白さ。

蒲田行進曲

つかこうへい「蒲田行進曲」

スターの「銀ちゃん」と、銀ちゃんに心酔する大部屋役者「ヤス」、銀ちゃんの女である「小夏」。3人の入り組んだ関係を描いた作品だが、とにかく人物造形が圧巻。傍若無人に振る舞いつつ、やたらと細かくて実は気が小さい銀ちゃん。いたぶられるほど、それを信頼だと喜ぶヤス。読んで笑いつつも、支配-被支配者が互いに依存し合う似たような現実の人間関係を思い浮かべ、胸が痛くなる。結局、どちらが本当に相手を支配しているのか分からない。もともと戯曲として書かれた作品だけど、小説としても完成されている。