ヒッキー・カンクーントルネード

岩井秀人「ヒッキー・カンクーントルネード」

初めてハイバイの舞台を見た時、演劇ってこんなに面白いのか、と思った。
ハイバイは決して奇抜で新しいことをしている劇団ではないが、舞台に小説や映画では表現し得ない奥行きが感じられた。

そのハイバイを主宰する岩井秀人の初小説。再演を重ねている劇団代表作の小説化で、原作の面白さは折り紙付き。そこに小説ならではの面白さも加わった。
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飛ぶ男

安部公房「飛ぶ男」

安部公房の没後に見つかった未完の長篇。未完どころか、まだまだ序盤。なのに、十分面白い。空飛ぶ男が現れて弟と名乗り……。どこで切って読んでも引き込まれてしまうのは、安部公房の描くイメージの一つ一つがこちらの想像力を刺激するからだろう。もっとこの世界を読み続けたかった。

大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇

前田司郎「大木家のたのしい旅行 新婚地獄篇」

新婚夫婦の地獄旅行。と書くとエキセントリックだけど、読んでみると、あまり起伏がない。映像や、あるいは芝居なら面白く見せられるかもしれないけど、小説ではちょっとゆるすぎかも。独特の地獄のイメージには不思議な魅力があるだけに、文章の平坦さが勿体ない。

俺俺

星野智幸「俺俺」

ふとした思いつきでオレオレ詐欺を働いた途端、俺は別の「俺」になって、「俺」が社会に増殖していく。分かり合える分身の存在に最初は幸福感を抱く「俺」だが、やがて自分の醜悪な面も見続けることに耐えられなくなって「俺」同士の衝突が始まる。こう書くと意味不明だが、自分や他者、社会との向き合い方を、比喩ではなく実際に「俺」をもう一人、さらに一人と次々と登場させて描いていくという実験的手法で、破綻ぎりぎりで完成させている。

殺戮にいたる病

我孫子武丸「殺戮にいたる病」

これぞ叙述トリック!というような巧みなミスリード。読み手を騙すという一点に向けて物語が進む。犯人の名前も、犯行の様子も描かれているのに、想像力の盲点を突かれてしまう。読み手と犯人ではなく、読み手と語り手の知恵比べ。

ただ殺人の描写がグロテスクすぎて人には薦めにくいし、物語そのものは本格的な推理小説を求める人には物足りないかもしれない。あっと驚かされたい人は是非。

山背郷

熊谷達也「山背郷」

東北の山村、漁村を舞台とした短編集。明治から昭和にかけて、まだ人間が自然と直接向き合っていた時代の人の生き様を真正面からとらえている。どれもあっという間に読めてしまう短さだけど、東北訛りの会話の味わいもあってしっかり心に残る。いまどき珍しいくらいまっすぐな小説。「御犬殿」「川崎船(ジャッペ)」の2編が特に良い。

笙野頼子三冠小説集

笙野頼子「笙野頼子三冠小説集」

非現実的な妄想が延々と続くなど、リアリズムと対極にあるようで、思考の流れに逆らわないという点では、読んでいてリアリズムのような印象も受ける不思議な小説。決して難解ではなく、文章は読みやすい。「地下室の手記」を彷彿とさせる私小説的な「なにもしてない」。幻想小説のような「二百回忌」。マジックリアリズムで現代日本を描いたという感じの「タイムスリップ・コンビナート」。3作ともスタイルは全然違うのに手触りはどれも似ている。