華氏451度

レイ・ブラッドベリ「華氏451度」

ブラッドベリの代表作の一つ。読書も書物の所有も禁じられた社会で、書き記すこと、を描いたかなりストレートな寓話だけど、本の消えた社会の光景は、現実の現代と怖いほど似ている。紙が燃え上がる温度を据えたタイトルは20世紀の小説でもトップクラスのセンスだと思う。

「わしたちには、いまやったことの愚劣さがわかるのだ。一千年ものながいあいだ、やりとおしてきた行為の愚劣さがわかるんだよ。それが理解できて、しかも、そのばかな結果を見ておるので、いつかは、やめるときがくる」

みちのくの人形たち

深沢七郎「みちのくの人形たち」

両腕のない仏さまと人形たち。逆さ屏風の影で消された無数の子の命。生きているもの、消えたもの、その境界はあいまいで、そこには理由も意味も無い。深沢七郎の文章はからっからに乾いていて、感傷というものが無い。あたたかくも無いし、冷たくも無い。表題作のほか、「秘戯」と「いろひめの水」も印象的。

秘密

東野圭吾「秘密」

バス事故で亡くなったはずの妻。その意識が生還した娘に宿った時、2人はどう生きていくか――。ハッピーエンドとは言えないけど、ラストも余韻が残る。既視感のある題材だが、全体を一気に読ませてしまう文章の読みやすさと物語のテンポの良さはさすが。

抱擁

辻原登「抱擁」

2・26事件直後、侯爵邸で働く小間使いの語り手と、見えない“誰か”を見つめる5歳の令嬢。ゴシック趣味で舞台設定は良いのに、話が短すぎるからか、どこか物足りない印象が拭えなかった。ラストは余韻が残る。

阪急電車

有川浩「阪急電車」

阪急今津線が舞台の連作短篇。小さな出会い、別れ、恋の始まり……個々のエピソードはべったべただけど、爽やか。タイトルからはもっと関西色が強い小説かと思ったら、そんなことはなくて、どこにでもありそうな鉄道沿線の物語。通勤、通学、休日のお出かけ。電車が暮らしの中にある人、すべてにおすすめ。

唐草物語

澁澤龍彦「唐草物語」

藤原清衡、プリニウス、花山院、徐福…古今東西の故事、物語を換骨奪胎し、事実と空想が融け合う白日夢のような世界。作者=語り手が前面に出てきて、小説なのかエッセイなのかも分からない自由な語り口。知識が世界の広さ、奥行きだとしたら、博覧強記の人、澁澤龍彦には現実世界もこのように見えていたのかもしれない。

ヘヴン

川上未映子「ヘヴン」

中学を舞台に、いじめを取り上げたストレートな小説。この歳になったから平気で読み進められるけど、なかなかきつい小説。

それぞれのいる立場は偶然に過ぎなくて、選べる行為もあれば、選べない行為もある。いじめのシーンは執拗で、単調で、戯画的でもある。でも、いじめというのは外から見ればそういうものなのだろう。

第七官界彷徨

尾崎翠「第七官界彷徨」

これまた不思議な小説。

少女と兄2人と従兄との共同生活の物語。誰もが誰かに失恋している。

“第七官”に届く詩を書きたいとか、蘚の恋のために部屋で肥やしを煮るとか、少女漫画のような雰囲気と、シュールで前衛的な雰囲気、切ない叙情的な雰囲気とが混ざり合って、最後まで読んでも結局良くわからないまま。仮名遣いとか作中に出てくる品を除けば、いつの時代の作品か全く想像ができそうにない。
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