笑う月

安部公房「笑う月」

夢のスケッチ。小説とエッセイという違いはあれ、同じ夢でも漱石の「夢十夜」や百閒の「冥途」とは随分雰囲気が異なる。夢を現実の言葉と理性で語ろうとした安部公房の洞察とユーモア。ただの不条理文学ではない公房の創作スタイルがよく分かる一冊。

“当然だろう、弱者への愛には、いつだって殺意が込められている”

陽だまりの彼女

越谷オサム「陽だまりの彼女」

中盤までは妄想を書き連ねたかのような、鳥肌が立つほど甘々の恋愛小説。正直きつい。ファンタジーな最後も今時珍しいくらいベタベタ。それでも、なんだかんだで最後まで一気に読んで、ほんわかとした気分になってしまうあたりが我ながら照れくさい。

タイトルも、オチを知った後で見ると素敵だなと思う。

アサッテの人

諏訪哲史「アサッテの人」

アサッテの方を向いた言動を繰り返す叔父。意味から逃げようとし、それが結局、定型化して意味に絡み取られてしまう。

こう書いてしまえば新しさは無いが、作中の細かなエピソードに魅力があるし、完成度は非常に高い。この小説自体が様式化への抵抗でありながら、どこか既視感があるものになっている。意味から逃げることの不可能性を、著者が意識したかは分からないが体現している。

土の中の子供

中村文則「土の中の子供」

親に捨てられ、虐待された子供は長じて自ら恐怖を求めるようになった。

ストレートな純文学だが、文章は大変読みやすい。ふとした瞬間の自己破壊の衝動や、社会から逃げ出したい焦燥感は他人事とは思えない切迫感がある。ただ併録の「蜘蛛の声」も含め、どこか既視感もある。

色川武大「百」

家族との微妙な距離感を描いた短編集。「百」と「永日」は父との、「連笑」は弟との関係、「ぼくの猿 ぼくの猫」にはナルコレプシーで著者が生涯悩まされた幻覚が綴られる。博徒・阿佐田哲也としての無頼のイメージからは遠い、静かで誠実な私小説。

自分に、ここまで真っすぐ自らを見つめることができるだろうか。
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池袋ウエストゲートパーク

石田衣良「池袋ウエストゲートパーク」

IWGP1作目。娯楽小説の傑作。「池袋」というひとつの世界を作り上げていて、素材はありがちでも、キャラ作りとか、テンポの良い展開とか、漫画的な魅力で引き込まれる。

オレオレな文体は個人的に好きじゃないけど、読み進めるうちに気にならなくなった。

MISSING

本多孝好「MISSING」

喪失感を描いた短編集。全体的にストーリーには既視感があるものの、雰囲気勝ち。村上春樹からくせを無くした印象の文章で、感傷的すぎるかもしれないけど、それが魅力。

いねむり先生

伊集院静「いねむり先生」

出会いによって人は救われる。伝説的な博徒で小説家の色川武大との交流を、静かに、誠実に描いた自伝的小説。

何よりも先生が魅力に溢れている。大人になってもこんな出会いがあるなら、人生は捨てたもんじゃない、そう思える作品。