昭和天皇独白録

「昭和天皇独白録」

今さら専門外の身で語ることが憚られるような有名な史料だが、昭和天皇自身の戦争史観や人物評が伺えて大変面白い。この記録からは、あの時代において内外の情勢をしっかり把握しようという意思を持つ理性的な君主という印象を受ける。終戦後の聞き書きということもあって、正確な記録というよりは、開戦やポツダム宣言の受け入れなどを自分なりにどう納得しているかが分かって興味深い。ただこの独白録自体が政治的意図を持っていた可能性もあり、正確な評価は難しい。

彫刻と戦争の近代

平瀬礼太「彫刻と戦争の近代」

戦時の彫刻作品について美術史で語られることはほとんどないが、実際には彫塑関係の展覧会は活況を示していたという。芸術家の戦争協力というだけの論なら新しくはないが、美術品や公共のシンボルなど位置づけがあいまいな彫刻からの視点はなかなか新鮮。
“彫刻と戦争の近代” の続きを読む

広田弘毅 ―「悲劇の宰相」の実像

服部龍二「広田弘毅 ―『悲劇の宰相』の実像」

「落日燃ゆ」では、広田弘毅は筋の通った人物で、傑出した外交官として描かれるが、外相就任後の動きを丁寧に見ていくと、彼も典型的な、平凡な政治家の一人に過ぎなかったという印象を受ける。協調外交や平和主義への志向は確かに強かったのだろうが、時流には逆らえなかった、というより、近衛内閣のポピュリズムのもとで時流に対して逆らおうとしなかったのではないか。

もちろん、行動や発言を丁寧に追っていくと、凡庸ではない人間なんて歴史上にいない。というより、人の凡庸さを見つめるのが歴史学だろう。そうした意味で、この本に書かれている広田の“凡庸さ”は、現代の政治を考える上でも重要な視座と言える。

落日燃ゆ

城山三郎「落日燃ゆ」

戦前、戦中を通じて外相、首相を歴任し、文官としてただ一人A級戦犯として処刑された広田弘毅。“自ら計らわぬ”広田を通じて、個人が抗えない、時代の大きなうねりが浮かび上がる。広田というよりは、戦争へと流れる時代を描いた小説。

今読めば、「長州の作った憲法=統帥権の独立=軍部の暴走」が日本を滅ぼしたとするのは歴史観として単純すぎるし、広田に過剰に肩入れするのも戦後日本の自己弁護の典型例と言えなくもないが、誰が時代の流れを止められるのかという問いを鮮やかに突き付けてくる点で、極めてスリリングな現代史のドキュメントとなっている。

空白の天気図 核と災害1945・8・6/9・17

柳田邦男「空白の天気図 核と災害1945・8・6/9・17」

原爆投下と終戦を挟んだ混乱期、1日も欠かすこと無く観測業務を続けた広島気象台の台員たち。通信も設備も壊滅した中で天気図は描けず、予報業務も行えなかった。9月17日の枕崎台風は、広島で上陸地の九州よりはるかに多い約2千人の死者行方不明者を出す。
“空白の天気図 核と災害1945・8・6/9・17” の続きを読む

収容所から来た遺書

辺見じゅん「収容所(ラーゲリ)から来た遺書」

敗戦後、約60万の日本人がソ連各地に抑留され、再び故国の地を踏めなかった者も多い。

収容所で過酷な労働を強いられながら、俳句を詠むことで生きる希望と故郷への思いを忘れなかった人たちがいた。その「アムール句会」の中心となった男の遺書は、仲間たちが記憶して持ち帰り、敗戦から12年目に家族のもとへ届けられた。
“収容所から来た遺書” の続きを読む

逃亡

吉村昭「逃亡」

ふとしたきっかけで軍用飛行機を爆破し、航空隊を脱走する運命を背負った男の記録。

飯場を転々としながら終戦を迎え、その後も身を隠すように暮らし続ける。戦時下、反戦主義者でもない普通の人間が少しずつ追い詰められていく様子を、反戦でも無い、愛国でも無い、思想をはさまない淡々とした筆致で綴っていく。その静かな文章が、状況に翻弄される人生の脆さを際立たせている。

人の意志よりも、些細な事や社会の状況が選択肢を奪っていく。

日本のいちばん長い日

半藤和利「日本のいちばん長い日 ―運命の八月十五日」

「これより謹みて玉音をお送り申します」

“御聖断”が下った8月14日正午から終戦の詔書が放送される翌15日正午までの24時間。

戦争を終わらせ、玉音放送の準備に奔走する人々と、宮城を占拠し、クーデターを進める青年将校。“国体”をどう捉えるか。帝国がどのように最期を迎えたのか。史実の一解釈に過ぎないとしても、息が詰まるようなドキュメント。鈴木貫太郎首相のバランス感覚と、自刃する阿南惟幾陸相の潔さが特に印象的。

兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録

松本仁一「兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録」

敗戦間近の沖縄。部隊でただ一人生き残った兵士は、ある家族に助けられ、沖縄県民と身分を偽って、米軍が設けた避難民キャンプの教師になる。

沖縄に送られた日本兵が何を思ったのか。ひとりの“兵隊さん”と人々がどう関わったのか。
“兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録” の続きを読む