性風土記

藤林貞雄「性風土記」

古本で購入。“性”の遠野物語。

記録に残らないぶん、より不変なものと考えられがちな性風俗。この本の出版は昭和の半ば、紹介されている習俗は昭和初期に記録されたものが中心だが、旅人に身内を夜伽に出す貸妻、意味不明な柿の木問答など、現代からすればかなり衝撃的なものばかり。
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調査されるという迷惑

宮本常一、安渓遊地「調査されるという迷惑 ―フィールドに出る前に読んでおく本」

善意の及ぼす結果や範囲に人は無自覚になりやすい。宮本常一の文章は1章だけだが、生涯を歩く、見る、聞くことに費やした宮本の問題意識が込められていて心に残る。

「調査というものは地元のためにはならないで、かえって中央の力を少しずつ強めていく作用をしている場合が多く、しかも地元民の人のよさを利用して略奪するものが意外なほど多い」
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広田弘毅 ―「悲劇の宰相」の実像

服部龍二「広田弘毅 ―『悲劇の宰相』の実像」

「落日燃ゆ」では、広田弘毅は筋の通った人物で、傑出した外交官として描かれるが、外相就任後の動きを丁寧に見ていくと、彼も典型的な、平凡な政治家の一人に過ぎなかったという印象を受ける。協調外交や平和主義への志向は確かに強かったのだろうが、時流には逆らえなかった、というより、近衛内閣のポピュリズムのもとで時流に対して逆らおうとしなかったのではないか。

もちろん、行動や発言を丁寧に追っていくと、凡庸ではない人間なんて歴史上にいない。というより、人の凡庸さを見つめるのが歴史学だろう。そうした意味で、この本に書かれている広田の“凡庸さ”は、現代の政治を考える上でも重要な視座と言える。

マクベス

シェイクスピア「マクベス」

四大悲劇の一つとされているけど、「リチャード三世」のようなスピード感と鮮やかさがあって読みやすい。リチャード三世は悩まず破滅の道を走るが、マクベスは苦悩し、魔女の予言に囚われてしまう。マクベスと夫人の会話は1人の人間の内面のやりとりのよう。夫婦の立場が入れ替わる構成も巧み。シェイクスピア作品の中でも、物語の見せ方という点で、特に現代的に感じる。

風姿花伝

「風姿花伝」

観阿弥の教え、世阿弥の書。

世阿弥は能の美を花に喩え、花を知るために種=技芸を知るよう説く。

「花のあるやうをしらざらんは、花さかぬ時の草木をあつめてみんがごとし」
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ミーナの行進

小川洋子「ミーナの行進」

ミーナと過ごした少女時代を回想した、静かで、とても優しい物語。昔からあるような設定で、起伏も無ければ、文体にも癖が無い。全体として在りし日への郷愁が満ちているが、それを全面に出しているわけでもない。それでも、物語から離れたくないと最後の1ページまで思わされる。卓越した描写とストーリーテリング。場面々々に滲む阪神間の空気も魅力的。思い出といううつくしいものを、四の五の言わず大切にしよう、そう思える作品。

文楽の歴史

倉田喜弘「文楽の歴史」

操芝居から人形浄瑠璃、文楽の成立、発展過程を丁寧に追った概説書。大衆芸能の歴史は文字資料の不足から正確に辿ることが難しいが、三人遣いの成立や、興行への三味線の登場時期などに仮説を交え、かなり分かりやすい通史となっている。凋落と再生を繰り返しつつ、太夫、三味線、人形遣いの三業それぞれの技術の発展、改良で人気を保ち、伝統を築いてきたことがよく分かる。三和会、因会の分裂など、戦後の記述は少なめだが、そのあたりは既に結構な量の本が書かれているので不要と言えば不要か。

日本人のくらしと文化 炉辺夜話

宮本常一「日本人のくらしと文化 炉辺夜話」

宮本常一の講演をまとめたもの。宮本の農業や地域振興の指導者としての側面が示されていて興味深い。

各地の村や町がどう成り立ってきたのか、そこで人々がどう生きてきたのか、自ら歩いて蓄えた膨大な知識をもとに、全ての地域が対等に豊かであることを宮本は説き続けた。

「普通伝統と申しますと、古いことになじんで、そうして古いことを大事にしていくのが伝統だとお考えになっておられる方が多いのではないかと思いますが、伝統というのはそういうものではなくて、自分の生活をどのように守り、それを発展させていくか、いったか、その人間的なエネルギーを指しているものであるだろうと思うのです」
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近代能楽集

三島由紀夫「近代能楽集」

三島由紀夫が能を現代風に翻案した戯曲集。非常に巧みな翻案で、短編小説よりも短い文章に三島のエッセンスが凝縮されている。能楽の美と三島の美意識が深いところで共鳴しているよう。

解説でドナルド・キーンが書いているように、能は言葉遣いは古くても、内容自体はギリシア古典劇と同様、時代に全く関係が無い。時代を超越した人の情念や美を描いていることがよく分かる。

リチャード三世

シェイクスピア「リチャード三世」

シェイクスピアの描く“極悪人”。兄弟を陥れ、仲間を殺し、未亡人を誘惑する。饒舌で、語りかけや傍白が多く、観客から近いところにいると感じられるためか、悪人ながら強烈な魅力を放っている。フォルスタッフ、オセロ、ハムレット…シェイクスピアはどの作品でも物語よりも人物に強い印象が残る。