勘九郎とはずがたり

「勘九郎とはずがたり」

先年亡くなった十八代目中村勘三郎の勘九郎時代の芸談。30代半ば、語りそのままの文章で、結構生意気なことを言っているのに、なぜか許せてしまう軽妙な人柄がとてもよく出ている。正直で、何を差し置いてもとにかく歌舞伎が好きという気持ちが伝わってくるからだろう。

いつか孫と……というくだりが切ない。勘三郎の名跡を復活させた偉大な先代で、気分屋だったという父、十七代目についてのエピソードが面白い。

ゆれる

西川美和「ゆれる」

当人たちも目を反らしてきた兄弟間の微妙な感情が、ある事件を機に露わになる。どんな関係でも、好意を持っている相手にでも、人と人との間には隠したい醜い思いもつきまとう。嫉妬や羨望、苛立ち、軽蔑、生理的な嫌悪……

この小説版は登場人物がそろって饒舌すぎる気もするけど、一人一人の語りを通じて秘められた感情を剥き出しにしていく手法は巧み。どこか嫌な、見たくないものを見た感じが残る。

家族喰い ―尼崎連続変死事件の真相

小野一光「家族喰い ―尼崎連続変死事件の真相」

疑似家族を精神的に支配し、血縁同士で暴力を振るわせ、親族の財産まで搾り取る。逃げ出しても追いかけ、気に入らなければ殺してしまう。

何より恐ろしいのは、普通の環境の、普通の感覚を持った人たちがちょっとした因縁で巻き込まれ、まともな生活も大人としての矜持も失ってしまうということ。
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芸能語源散策

小池章太郎「芸能語源散策」

古本屋で目についた一冊。「十八番」や「二枚目」、「三枚目」など、芝居由来ということが広く知られている言葉から、「お土砂」などのマイナーな言葉まで、語源を考察しながら歌舞伎の舞台裏などを綴ったエッセイ。ひと昔前の本だけあって、最近は見ない言葉まで載っているのが面白い。

「千松」なんて、『伽羅先代萩』や『伊達の十役』を見たことがあるから意味が推察できたものの、今でも使っているのだろうか。
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盆踊り 乱交の民俗学

下川耿史「盆踊り 乱交の民俗学」

副題にあるように盆踊りの発生を巡る考察を通じて乱交の歴史を紐解く。歌垣や雑魚寝という性の場と、芸能の起源としての風流(ふりゅう、現代の「風流」ではなく、侘び寂びに対峙する奇抜な美意識)、それらはやがて村落共同体で盆踊りへと洗練されていく。しかし、明治に入ると盆踊りは禁止され、同時に性の世界は日常生活の表舞台から消えてしまった。
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歌舞伎

戸部銀作「歌舞伎」

古本で見つけた83年刊の歌舞伎入門。歌舞伎の演出を手がけている著者だけあって、見せ方の細かな技術に触れているのが興味深い。足の使い方や声の出し方、舞台上での役に応じた立ち位置など、歌舞伎が歴史を重ねる中で様々な手法を磨いてきたことが分かる。
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一条さゆりの性

駒田信二「一条さゆりの性」

伝説的ストリッパー、一条さゆりを描いた随筆のような小説集。かなり生々しい描写を含むが、なぜか温度の感じられない不思議な文章。作者の駒田信二が一条さゆりの激しい人生をあたたかく見つめているようでいて、むしろ、作家のまなざしを一条さゆりがあたたかく受け止めているように思える。そして、一条さゆりが感じている生きづらさに、読み手も自らのしんどさをどこか重ねてしまう。

せんべろ探偵が行く

中島らも、小堀純「せんべろ探偵が行く」

千円でべろべろ、略してせんべろ。大阪から始まる、ゆるーい大衆酒場紀行。この飲み歩きの少し後に中島らもは亡くなってしまう。既に身体はぼろぼろだったのだろう。体調不良を伺わせる描写があちこちに出てくるが、飄々とした不思議な魅力を放っている。彼の存在感、なぜ人を引きつけたのかが伝わってくる一冊。

あとかた

千早茜「あとかた」

デビュー作の「魚神」とはだいぶ違う雰囲気の連作短編。空虚な日常、日々の倦怠感、あるいはそこに端を発する不倫、のような話は既視感があるし、こういう表現はあまり使いたくないが、最初はかなり女性的な小説に感じた。ただ、読み進めるうちに不思議と引き込まれて、もっと先を読んでみたいと思ったし、読み終えて不思議と心に残った。現実感と非現実感の間をたゆたうような筆致、各短編の重なり具合なども巧みな印象。