エレクトラ ―中上健次の生涯

高山文彦「エレクトラ ―中上健次の生涯」

「これを書かなければ生きていけないというほどのいくつもの物語の束をその血のなかに受け止めて作家になった者がどれほどいるだろうか」

書くべきものは山ほどあった。それでも、書き上げるまでには何年もかかった。
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日本のいちばん長い日

半藤和利「日本のいちばん長い日 ―運命の八月十五日」

「これより謹みて玉音をお送り申します」

“御聖断”が下った8月14日正午から終戦の詔書が放送される翌15日正午までの24時間。

戦争を終わらせ、玉音放送の準備に奔走する人々と、宮城を占拠し、クーデターを進める青年将校。“国体”をどう捉えるか。帝国がどのように最期を迎えたのか。史実の一解釈に過ぎないとしても、息が詰まるようなドキュメント。鈴木貫太郎首相のバランス感覚と、自刃する阿南惟幾陸相の潔さが特に印象的。

兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録

松本仁一「兵隊先生 沖縄戦、ある敗残兵の記録」

敗戦間近の沖縄。部隊でただ一人生き残った兵士は、ある家族に助けられ、沖縄県民と身分を偽って、米軍が設けた避難民キャンプの教師になる。

沖縄に送られた日本兵が何を思ったのか。ひとりの“兵隊さん”と人々がどう関わったのか。
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千年の愉楽

中上健次「千年の愉楽」

“死んだ者や生きている者らの生命があぶくのようにふつふつと沸いている”路地の産婆、オリュウノオバと若くして死ぬ中本一統の澱んだ血。改行や句読点が少なく読誦のように紡がれる文章。小説としてのコンセプトは紀州版「百年の孤独」だろうけど、文章の端々から土地の匂い、“夏芙蓉”の香りが漂ってくるよう。
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ちいさな王子

サン=テグジュペリ「ちいさな王子」

光文社の新訳。「星の王子さま」で知られる内藤濯訳を読んだのは中学か高校の時だったから良く覚えていないけど、この新訳は童話調の表現を廃したシンプルな文体で、物語の芯がよりはっきり浮かび上がっている。70年前の作品というのが信じられない。大人向けの寓話としてはこれ以上のものは存在し得ないだろう。
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木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」

無茶苦茶、面白い。史上最強と言われる木村と、その名声を地に落とした力道山、木村の師の牛島辰熊、弟子の岩釣兼生の物語を軸に、日本の格闘技史を貫くノンフィクション。

強さを求めた「鬼」たちの歴史は下手な小説よりもよっぽど劇的で、格闘技に全く興味の無い自分でも引き込まれる。著者の木村への溢れるような思いと迷い。結局、これもひとつの偽史かもしれないが、これほど魅力のある歴史があるだろうか。2段組700ページがあっという間。

旅行人

「旅行人165号 世界で唯一の、私の場所 《休刊号》」

一つの時代の終わりといっても大げさではないだろう。この雑誌が無くなってしまうのは本当に本当に寂しい。

最後の特集はライター、写真家、人類学者…etcのエッセイ集。どれも短いけど、それぞれの土地への思い入れが伝わってくる。

もちろん、この世に桃源郷なんてものは無いし、旅行者のセンチメンタリズムに過ぎないかもしれない。それでもそういう場所を持てる、世界には素敵な場所がたくさんあると思えるだけで、ずいぶんと幸せな気持ちになれる。
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