池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集10
能・狂言/説経節/曾根崎心中/女殺油地獄/菅原伝授手習鑑/義経千本桜/仮名手本忠臣蔵

池澤夏樹編集の日本文学全集。収録作のセンスも光るが、何より古典の現代語訳者のセレクトが面白い。町田康の宇治拾遺物語、古川日出男の平家物語、角田光代の源氏物語など、組み合わせを聞いただけで、小説好きなら手に取らずにはいられない。

この10巻は能・狂言に説経節、浄瑠璃という芸能分野の作品が収められている。今でこそ馴染みが薄れた作品群だが、どれも中世から江戸時代にかけて広く知られ、日本人の心性を作ってきた物語として必読(教科書に載っているような古典よりずっと影響力があっただろう)。何より「女殺油地獄」の現代性や「菅原伝授手習鑑」「仮名手本忠臣蔵」の構成の妙など、決して古びてなく、純粋に読み物として引き込まれる。訳のレベルも高く、謡い、語られるための曲をどう現代の散文に訳すかに作家の個性がはっきりと出ていて面白い。
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サピエンス全史(下)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(下)」

下巻は第三の革命である「科学革命」について。認知革命による虚構を語る能力と、農業革命による生存基盤の安定化は科学革命を引き金として人類に爆発的な繁栄をもたらした。知的好奇心と帝国主義、科学の発展と進歩主義、そして資本主義が結びついて現在の世界を作り上げた。

著者はサピエンス史を締めくくるにあたり、「幸福」とは何かという問いを経て、人類の未来についての考察を行う。生命工学の進歩で種としてのサピエンスの歴史は終わりを告げるかもしれない。身体の改変や、情緒の操作などが行われるようになれば、それは既に別の種だ。我々は“原人”になるかもしれない。現時点ではSFのような現実離れした話に聞こえても、百年、千年という長期的な視点に立てば、倫理的な軛などいずれは乗り越えられてしまうだろう。
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サピエンス全史(上)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 (上)」

我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。というのはゴーギャンの有名な絵のタイトルだが、この問いかけは“人類”という自己認識が生まれてから、あらゆる学問や芸術、宗教の根本的なテーマとなってきた。

「サピエンス全史」は、この問いに近代が積み上げてきた学問の総力を挙げて挑む。生物学や社会学から、経済、科学、宗教、哲学まで、多角的にホモ・サピエンスの歴史を描き出す。出来事の羅列より、なぜ私たちは今こう考えるのか、なぜこうした社会が発展したのか、といった考察に力点が置かれていて非常に刺激的な内容。
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深夜特急6 南ヨーロッパ・ロンドン

沢木耕太郎「深夜特急6 南ヨーロッパ・ロンドン」

最終巻。長い旅は終え時が難しい。著者は前巻で旅を人生に喩え、何を見ても新鮮な幼年期、青年期から、通り過ぎた景色ばかりが鮮明となる壮年期、老年期があると書いているが、この最終刊に書かれているのはまさに壮年期から老年期。イタリアからフランス南部に入り、旅の最終目的地ロンドンが目の前に迫る中、旅を終える決断を先延ばしにしてスペインへ。イベリア半島を横断し、その果てのサグレスで、ふっと「これで終わりにしようかな」という瞬間が訪れる。

6巻を一気に読み終え、自分も旅をしたような心地よい疲れがある。読んで面白い旅行記は他にもあるけど、この読後感はあまり無い。

深夜特急4 シルクロード

沢木耕太郎「深夜特急4 シルクロード」

四巻はなんと言ってもアフガニスタンと革命前のイランの様子が書かれているのが面白い。まだ日本人旅行者は多くない時代だが、ヒッピーが世界中を旅し、カトマンズやバラナシのように東西を行き来する旅人の逗留地となっていたカブール。都会の空気が漂うテヘラン。この時代にこの地域を旅してみたかった。
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深夜特急3 インド・ネパール

沢木耕太郎「深夜特急3 インド・ネパール」

三巻はインド横断とカトマンズ。70年代当時の混沌としたカルカッタやバラナシの様子が伝わってきて興味深い。二巻に続いて印象的なのが、汚い食事や野宿などの一つ一つについて、文句や苦労を語るのではなく、その都度、また一つ自由になれた気がしたと記していること。たしかに自分も安宿であればあるほど、そこに自由を感じていた。場末の宿屋の汚いベッドの上で、あるいは駅の軒下でうずくまって、自分はどこにだって行けるという気がした。
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深夜特急2 マレー半島・シンガポール

沢木耕太郎「深夜特急2 マレー半島・シンガポール」

二巻はマレー半島縦断。旅のスタート地点である香港で受けた衝撃が強かったせいか、その影を追い求めて旅も筆もそれほど盛り上がらないが、売春宿での逗留や、電車や乗り合いバスなどでの人との出会いが生き生きと描かれていて、旅の魅力に溢れている

深夜特急1 香港・マカオ

沢木耕太郎「深夜特急1 香港・マカオ」

以前は旅行記の類はあまり面白いと思わなかった。就職して長旅が出来なくなってから、時々手に取るようになった。バックパッカーのバイブルとも言われるこの「深夜特急」も大学生の頃、インドかどこかの宿で誰かが置いていったものを読んだことがあるが、自分自身がまさに旅をしている時にはそれほど惹かれなかった。

改めて読み返してみて、旅を追体験―というよりも再度体験しているような気持ちになれた(第1巻に書かれている香港もマカオも実際は行ったことがないけど)。市場の熱気、安宿のよどんだ空気、初めての土地に降り立った時の“自由”の感覚――。自分が旅に出る前にこの本を読んでいたら大いに影響を受けただろうし、逆に当時は旅の最中に読んだから今読む必要はないと感じたのだろう。

思えば、大学生の頃には小説もあまり読まなかった。逆に高校生の頃は小説しか読まなかった。再び小説を欲するようになったのは就職してから。自由が無くなった時に物語や旅行記を求める。本は昔から変わらずに読んでいても、その動機はその時々で結構変わっているようだ。