奴隷になったイギリス人の物語

ジャイルズ・ミルトン「奴隷になったイギリス人の物語」

欧州各地からモロッコに連れ去られ、奴隷となった人々の記録。黒人奴隷の影に隠れた歴史の盲点。100万という数字や記述の正確さは判断できないが、この事実を抜きにしては、当時の白人のイスラム観というか、ムーア人観は理解できないのだろう。
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性風土記

藤林貞雄「性風土記」

古本で購入。“性”の遠野物語。

記録に残らないぶん、より不変なものと考えられがちな性風俗。この本の出版は昭和の半ば、紹介されている習俗は昭和初期に記録されたものが中心だが、旅人に身内を夜伽に出す貸妻、意味不明な柿の木問答など、現代からすればかなり衝撃的なものばかり。
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広田弘毅 ―「悲劇の宰相」の実像

服部龍二「広田弘毅 ―『悲劇の宰相』の実像」

「落日燃ゆ」では、広田弘毅は筋の通った人物で、傑出した外交官として描かれるが、外相就任後の動きを丁寧に見ていくと、彼も典型的な、平凡な政治家の一人に過ぎなかったという印象を受ける。協調外交や平和主義への志向は確かに強かったのだろうが、時流には逆らえなかった、というより、近衛内閣のポピュリズムのもとで時流に対して逆らおうとしなかったのではないか。

もちろん、行動や発言を丁寧に追っていくと、凡庸ではない人間なんて歴史上にいない。というより、人の凡庸さを見つめるのが歴史学だろう。そうした意味で、この本に書かれている広田の“凡庸さ”は、現代の政治を考える上でも重要な視座と言える。

大阪アースダイバー

中沢新一「大阪アースダイバー」

学術的な知見をベースに、どこまで妄想を広げられるかの挑戦とも言える“アースダイバー”。上町台地を南北に走る「アポロン軸」と生駒山に向かう東西の「ディオニュソス軸」、その両軸をもとに発展した大阪は複素数の精神を持ってる……著者本人は大まじめだろうけど、序盤からかなり飛ばし気味。悪い意味ではなく、かなり面白い。

古代に遡れば、大阪は南北軸より、東西軸に重きが置かれていること。真に無縁の地である砂州にこそ都市が築かれる、だからこそ大阪は東京とは違う根っからの都市なのだという指摘など、はっとさせられる。

宗教で読む戦国時代

神田千里「宗教で読む戦国時代」

カトリック宣教師が直面した中世日本の仏教と「天道」思想。キリスト教と似た側面にとまどいつつも、悪魔が拵えたものと非難した排他性が追放令につながっていく。

宗教一揆として知られる一向一揆は政治的な対立に宗徒が動員されただけで、権力者は宗教を利用しようとはしても、弾圧に熱心だったわけではない。信長対本願寺も捏造も含めて事後的に語られたもので、信長は宗教的には常識人だったという。

中世日本の精神性を理想化しすぎている気もするけど、かなり面白い。戦国大名の切った張ったばかりが注目されるけど、中世は文化史が熱い。

中世の東海道をゆく ―京から鎌倉へ、旅路の風景

榎原雅治「中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景」

飛鳥井雅有(鎌倉時代の公家)の日記などの文献資料をもとに、“五十三次”以前、中世の東海道の姿を考察する。

日記の記述と合わせ、当日の潮汐推算までして地形や通過時間を割り出す分析はかなりマニアック。海沿いに平野が広がっていたというよりも多くの湖沼が点在していたことや、木曾川がかつては別の川を指していたとの指摘、浜名湖が明応地震以前から海水が逆流する汽水湖だった可能性など、かなり面白い。

和歌一つとっても、ただ言葉を捉えるだけでなく、当日の場所と状況を細かく分析することで違う姿が見えてくる。文献研究とはこれほど奥深いのか。