糸とはさみと大阪と

小篠綾子「糸とはさみと大阪と」

コシノ家のお母ちゃんの自伝。戦前戦後を生き抜き、一時代を築いた女系家族の年代記として、服飾史に興味が無くても面白い。文章は淡々とした丁寧語だが、所々に熱い思いとデザイナーとしての自信、温かな人柄が滲む。

ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死

石井光太「ニッポン異国紀行 ―在日外国人のカネ・性愛・死」

土葬が原則のイスラム教徒など、在日外国人が亡くなると遺体はどうなるのだろう。結婚、風俗、宣教、医療など、同じ日本で暮らしているのに、その生活についてほとんど知らないことを思い知らされる。彼らの生活と、その他大多数の日本人の間には、エンバーミングを担う葬儀社などわずかな接点だけが存在し、互いに孤絶している。

木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか

増田俊也「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」

無茶苦茶、面白い。史上最強と言われる木村と、その名声を地に落とした力道山、木村の師の牛島辰熊、弟子の岩釣兼生の物語を軸に、日本の格闘技史を貫くノンフィクション。

強さを求めた「鬼」たちの歴史は下手な小説よりもよっぽど劇的で、格闘技に全く興味の無い自分でも引き込まれる。著者の木村への溢れるような思いと迷い。結局、これもひとつの偽史かもしれないが、これほど魅力のある歴史があるだろうか。2段組700ページがあっという間。

河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙

河北新報社「河北新報のいちばん長い日 震災下の地元紙」

あの時、宮城や福島にいた記者が何を感じ、どう動いたのか。取材する記者一人一人も、人間で、被災者で、でも取材者と取材対象者は決して同じ立場ではない。

少しでも多くの人に読んで、自分ならどうするか想像してもらいたい記録。

「フクシマ」論 原子力ムラはなぜ生まれたのか

開沼博「『フクシマ』論 原子力ムラはなぜ生まれたのか」

地方が自発的、自動的に中央に服従し、原発を抱きしめていく歴史。それを説明するには財政だけでなく、文化的、心情的な側面にも触れなくてはならない。原発推進派も反対派も語ることがない立地地域の実情を丁寧に追っている。

福島、それも原発に近い地域に住んだことがある人間なら、ここに書かれていることは当たり前で目新しさは無い。原発事故前に書かれた修士論文がもとで、地方を「植民地」と位置づける考察も単純すぎる気がするが、今だからこそ多くの人に知ってもらいたい現実。

倒壊する巨塔 ―アルカイダと「9・11」への道

ローレンス・ライト「倒壊する巨塔 ―アルカイダと『9・11』への道」

アルカイダのトップ、ビンラディンとザワヒリの人生を幼年時代から追いながら、同時多発テロに至る過程を描く。

イスラム原理主義の誕生から、土建屋の空虚な熱情が先鋭化し、ジハードとしてアメリカに標的を絞るまで。人物に焦点を当てることでハンチントンの「文明の衝突」のような粗雑な理解とは対照的な9・11への道を浮き彫りにしている。
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「本屋」は死なない

石橋毅史「『本屋』は死なない」

全国のユニークな書店員の話を聞いて回ったドキュメント。著者は専門紙出身だけあって、出版流通業界の現状や課題に触れつつ、電子書籍に無限の可能性を見たり、紙に文化の本質を置いたりということはない。

本屋が出版文化の興隆に果たした役割がよく分かるし、棚作りの工夫など、本屋好きにとっては読み物としても大変面白い。
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世界屠畜紀行

内澤旬子「世界屠畜紀行 THE WORLD’S SLAUGHTERHOUSE TOUR」

アラブから芝浦まで、イラスト付き屠場紀行。

差別や動物愛護など、語ろうと思えばいくらでも語れる題材だけど、過剰な意味付けをせず、シンプルに「大切な、面白い仕事」としていきいきと描いている。
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