ここは退屈迎えに来て

山内マリコ「ここは退屈迎えに来て」

郊外の国道沿いにチェーンのレストランや衣料品店が並ぶ無個性な地方都市。そんな街に暮らすことの“退屈”を主題とした短編集。主人公のほとんどは10~20代の女性で、都会に出て行くことに憧れているか、かつて暮らした都会に心を残してきている。

地方都市の描き方がステレオタイプすぎる気はするものの、そのステレオタイプがあながち間違いでもないのがまさに地方の閉塞感であり、地方から都会に出て暮らしている人間として、個人的に共感する部分も多かった。
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夜を賭けて

梁石日「夜を賭けて」

青々と茂った木々の間を、家族連れや観光客、ジョギングで汗を流す男女が行き交う。広大な敷地が緑に覆われ、穏やかな空気の流れる大阪城公園だが、1960年代までそこには見渡す限りの焼け跡が広がっていた。

梁石日の「夜を賭けて」は、その焼け跡を舞台とした青春小説。アパッチ族と大村収容所という忘れられた歴史事実に光を当て、時代に翻弄され続けた在日コリアンの戦後史を描き出している。
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ソングライン

ブルース・チャトウィン「ソングライン」

オーストラリアの先住民アボリジナルは、広大な大地の上にソングラインと呼ばれる独自の道を持つという。木や岩、泉、大地の上に存在する無数のもの。それらを歌を通じて記憶し、伝え、旅をする。それは道というよりも地図であり、世界そのものの点描と言えるかもしれない。

夭逝した英国の作家、ブルース・チャトウィンは、自身も旅を繰り返し、人はなぜ旅するのかということを問い続けた。代表作の一つ「ソングライン」は紀行文のスタイルを取りながら、そこに創作や、思索のメモが膨大に折り込まれ、旅を巡る終わりなき考察に読者を誘う。
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阿弥陀堂だより

南木佳士「阿弥陀堂だより」

主人公は中年の売れない作家。エリート医師としてのキャリアを積みながら、パニック障害を発症して働けなくなった妻とともに故郷の山村に帰り、そこで堂守のおうめ婆さんを始めとする人々と出会う。百歳を前に自然と共に生きるおうめ婆さんの含蓄に富んだ言葉が、作品の大きな幹となっている。
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永い言い訳

西川美和「永い言い訳」

バス事故で妻を亡くした小説家と、幼い子供二人と共に残されたトラック運転手。妻同士が親友だった二人は遺族として初めて対面する。冷え切った夫婦関係の中、妻の死を悲しむことができなかった小説家は、長距離の仕事で家を空けることの多いトラック運転手の家に通い、幼い子供二人の面倒をみるようになる。
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フルハウス

柳美里「フルハウス」

表題作は泉鏡花文学賞と野間文芸新人賞を受賞した著者の初期の代表作の一つ。

ばらばらになった家族を立て直すことを夢見て、立派な一戸建てを新築した父。しかし、成人して自分たちの生活を確立している娘たちも、ずっと以前に家を出た妻も、寄りつく気配はない。父はその空虚を埋めるかのようにホームレス一家をその新居に住まわせる。
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