蒲田行進曲

つかこうへい「蒲田行進曲」

スターの「銀ちゃん」と、銀ちゃんに心酔する大部屋役者「ヤス」、銀ちゃんの女である「小夏」。3人の入り組んだ関係を描いた作品だが、とにかく人物造形が圧巻。傍若無人に振る舞いつつ、やたらと細かくて実は気が小さい銀ちゃん。いたぶられるほど、それを信頼だと喜ぶヤス。読んで笑いつつも、支配-被支配者が互いに依存し合う似たような現実の人間関係を思い浮かべ、胸が痛くなる。結局、どちらが本当に相手を支配しているのか分からない。もともと戯曲として書かれた作品だけど、小説としても完成されている。

ある女

岩井秀人「ある女」

岸田賞受賞作。自分はこんなに変じゃないと笑いつつ、どこか身につまされる面白さが著者の作品にはある。この戯曲は、不倫の泥沼に沈んでいく女を描く。主人公を含めて登場人物が皆イタイ。笑いどころ沢山だが、ふと、人間、生きていく上で選択肢なんてそんなにないのかもしれない、と冷静になる。

開幕ベルは華やかに

有吉佐和子「開幕ベルは華やかに」

「一の糸」や「紀ノ川」といった作品の一方で、こうしたミステリー風の作品も書いてしまう有吉佐和子の多才さに驚かされる。といってもミステリー要素はおまけで、あくまで商業演劇の舞台裏を描いた人間ドラマ。東竹、松宝、中村勘十郎、八重垣光子と、モデルがはっきりしているのも面白い。大御所ふたり、勘十郎と光子は舞台裏でバチバチやりあいながら、芸の上ではお互いを信頼している。その描写が緊張感あふれ、胸を打つ。有吉佐和子は芯のある人を描かせると比類ない。演劇ファンにお勧めの一冊。

幸せ最高ありがとうマジで!

本谷有希子「幸せ最高ありがとうマジで!」

岸田賞受賞作。新聞販売店の一家のもとに、夫の愛人と嘘を付く女が現れる。理由は“無差別テロ”。

「私、病んでるけど元気なのよ。最先端なの。切ったり鬱になったりなんかしないし、明るい人格障害なのよ」

「あんたみたいな従来の情緒不安定系とは付き合いたくない」

女は自身を〝絶望の理由乞食〟といい、絶望の理由がある他人に絡んでいく。極端な振る舞いは、段々ともの悲しさに転じる。

この作風に拒否反応を示す人もいそうだけど、面白いことはとても面白い。

三月の5日間

岡田利規「三月の5日間」

ここ10年ほどの演劇の方向性を決定づけたとまで言われる作品。内容的には一夜の関係(正確には四泊五日だけど)を語っているだけだが、その語り口が既存のどのスタイルとも違う。で、で、と繋いで語順もばらばら。かなり口語(いわゆる“口語体”ではない)に近いセリフ。「~ってのを今からやります」「~っていう話で」が頻繁に挟まれ、語り手が一定しない。役と役者の関係も含めて一般的な戯曲、演劇のスタイルが解体されている。似たような試みは小説でもあると思うけど、演劇がここまで鮮やかに決めてしまうとは。

才能の森 ―現代演劇の創り手たち

扇田昭彦「才能の森 ―現代演劇の創り手たち」

寺山修司、唐十郎から、井上ひさし、安部公房、野田秀樹、杉村春子や朝倉摂まで24人。長く演劇の取材をしてきた著者だけに、それぞれの演劇人の人柄まで伝わってくる文章。

特に印象に残ったのが、多国籍の俳優による舞台に70年代から取り組んできたピーター・ブルックの言葉。

「演技の命は相違だからです。(中略)非常に異なった人たちが一緒に芝居をしているのを見ると、観客の中にある何かが、単純な形で開かれるのです。このため観客は、人と人との違いを喜びとともに味わうことができます。これは人種差別の逆です。人種差別とは憎しみをもって人と人との違いを見ることが基本にありますからね」

今でこそ、映画でも舞台でもキャストの多様性が珍しくなくなったが、その先駆性に驚かされる。憎しみをもって違いを見る、差別の本質をこれほど簡潔に言い表した言葉はない。

小劇場の風景 ―つか・野田・鴻上の劇世界

風間研「小劇場の風景 ―つか・野田・鴻上の劇世界」

60年代以降の小劇場の動きを追ったものだが、副題にあるように、つかこうへい、野田秀樹、鴻上尚史の3人が中心。小劇場史と呼ぶには物足りないが、別役実、鈴木忠志、唐十郎らの第1世代に比べると第2世代以降についてしっかり書かれた本は少ないため、当時の空気が分かる貴重な一冊。社会風俗の視点にとどまらず、作品内容についても丁寧に触れており、時代ごとに若者の語る物語がどう変わってきたかがよく分かる。92年の出版で、この本で現代を捉えていると評価されている鴻上の作品も、今となってはまさに80年代後半〜90年代らしい作品だったと言え、時代の変化の激しさを感じる。

ヒッキー・カンクーントルネード

岩井秀人「ヒッキー・カンクーントルネード」

初めてハイバイの舞台を見た時、演劇ってこんなに面白いのか、と思った。
ハイバイは決して奇抜で新しいことをしている劇団ではないが、舞台に小説や映画では表現し得ない奥行きが感じられた。

そのハイバイを主宰する岩井秀人の初小説。再演を重ねている劇団代表作の小説化で、原作の面白さは折り紙付き。そこに小説ならではの面白さも加わった。
“ヒッキー・カンクーントルネード” の続きを読む

ワーニャ伯父さん/三人姉妹

チェーホフ「ワーニャ伯父さん/三人姉妹」

人生を棒に振ったと悔やむワーニャ、自分は華々しい人生を生きることはできないと悟っているソーニャ、現実と向き合いきれない三人姉妹。

チェーホフの戯曲には主役がいない。この2作は、どこか達観したような「桜の園」ほど乾いておらず、結構暗い印象。決してすっと心に入ってくる作品ではないけど、この閉塞感は胸に迫る。

誰もが抱える、思い描いていた人生を歩めないという絶望。それを甘いと切り捨てられる人には全くひびかないだろうけど。