嵐のピクニック

本谷有希子「嵐のピクニック」

大江賞受賞作。過剰な自意識をドロドロとコミカルの間で書くと上手い作者だが、ここに収められた13本の短篇は、寓話のような、シュールレアリスムのようなものが中心。ボディビルに目覚める主婦の話や、動物園の猿山で起こった奇跡、悪の組織と戦う隣家の少女など、1作ごとに作風が変化して飽きさせない。作家としての力量を感じさせる一方、完成された短篇小説というよりは、創作メモのような印象(即興的に書き上げたらしいので、当然かも)も強く、ここからもっと発展させることができるのではという物足りなさも。

ミステリーの書き方

日本推理作家協会「ミステリーの書き方」

現役ミステリー作家に、プロット、人物描写、トリック等さまざまな観点から創作手法を聞き、寄稿とインタビューでまとめた一冊。綾辻行人や有栖川有栖ら新本格派から、東野圭吾、石田衣良といったジャンル横断型、大沢在昌、船戸与一らハードボイルド系まで、顔ぶれも豪華というか主要作家はほぼ網羅。書き方指南というより、それぞれの作家の小説観や創作姿勢が伺えて面白い。経歴を並べるよりも雄弁な作家名鑑になっている。
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謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

高野秀行「謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉」

納豆というと日本独自の食べ物かと思ってしまうが、東南アジアの山岳部などにも日本とほぼ同じ納豆が存在するという。著者はかつてミャンマー北部、カチンの密林で出会った納豆を思い出し、納豆探求の旅に出る。
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山猫の夏

船戸与一「山猫の夏」

南米の田舎町、いがみ合う両家の娘と息子が駆け落ち――というと「ロミオとジュリエット」のようだが、こちらはずっと凄惨。追跡のために呼ばれた山猫と呼ばれる日本人を中心に展開するハードボイルドな冒険小説。ヴェローナの両家は子供達の死で和解するが、この作品の舞台エクルウでは両家は殺し合いに突入し、そこに腐敗した軍や警察の欲望が交錯する。スケールの大きさに圧倒されつつ、700ページ超の大部を一気に読了。

14歳〈フォーティーン〉 満州開拓村からの帰還

澤地久枝「14歳〈フォーティーン〉 満州開拓村からの帰還」

ノンフィクションの大家による自身の戦争体験記。満州に暮らした女学校時代の回想から、引き揚げまで。思春期の記憶を頼りに書いていて、同様の体験記に比べて決して濃い内容ではないが、等身大の記憶として受け止められる。
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錦繍

宮本輝「錦繍」

元夫婦の間で交わされる書簡体小説。肝心なことにはなかなか触れず、だからこそ切なく美しい文章。不倫の末の心中未遂事件など、物語そのものには決して共感できないのに心が揺さぶられるのは、手紙を交わす二人が、過去にとらわれつつも、その過去を憎みきれず、むしろその過去に背を押されるように生きているように見えるからだろうか。

なぜそれほど大切なのか自分でも分からない過去の情景。誰もがそんな記憶を心の内に持っていて、意識してもしなくても、その不思議な輝きこそが今を支えている。

皇后考

原武史「皇后考」

天皇に比べて皇后に関する書物は少ないが、近代以降の天皇制においては、天皇とともに皇后の存在も重要であることは論をまたない。皇后は生まれながらの皇后ではない。だからこそ皇后は自ら皇后像を作り出さねばならず、皇后の存在には国民と皇室との関係が現れている。
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廃用身

久坂部羊「廃用身」

高齢者医療に携わる主人公の青年医師は、ある日、麻痺などで回復の見込みが無い部位を切断する「ケア」を思いつく。患者にとっては、不随意運動や痛みから解放され、周囲の人間にとっては介護の負担が軽減されるという狙いだが……
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吉原手引草

松井今朝子「吉原手引草」

吉原で起きた花魁失踪事件を巡って、関係者一人一人の語りで徐々に真実を明らかにしていく。ミステリータッチの物語の面白さもさることながら、タイトルに「手引草」とあるように、語りを通じて、吉原の仕組みから作法まで分かるよう書かれている構成がみごと。内儀、番頭、新造、幇間、芸者、女衒――といった立場の登場人物の口から語られるのは、初会や水揚げ、身請けなどまさに一から十まで。
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日本全国津々うりゃうりゃ

宮田珠己「日本全国津々うりゃうりゃ」

相変わらずの面白さ。旅エッセイといっても、旅行の中味ではなく、文章のとぼけ具合で読ませてしまう希有な書き手。青森に行って石を拾ったり、自宅の庭を一周するだけだったり、何かというと旅の内容そっちのけで自分の趣味の海の生き物のウンチクを延々と綴ったり。好みは分かれるだろうけど、個人的にはツボ。