つかこうへい正伝 1968-1982

長谷川康夫「つかこうへい正伝 1968-1982」

間近で青春時代を過ごした著者だからこそ書ける詳細な評伝で、同時に、つかこうへいという特異なキャラクターに関する幻想を剝ぐ破壊力のある内容にもなっている。つかが台本を書かずに役者との共同作業で台詞を作る「口立て」の手法をとったことはよく知られているが、その様子が生き生きと描かれていて、「熱海殺人事件」や「蒲田行進曲」などの制作過程も分かる貴重な一冊。
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染五郎の超訳的歌舞伎

市川染五郎「染五郎の超訳的歌舞伎」

歌舞伎入門というよりは、名作、新作のあらすじ解説と、それぞれの演目や役に対する思いを綴ったもの。これほど分かりやすい歌舞伎本は無いと言っていいくらい読みやすい。お芝居ごっこをしていた幼少期の思い出から、劇団☆新感線への客演、思春期の妄想が結実した新作歌舞伎の話まで。自ら歌舞伎が好きなのが弱点と言うくらい、歌舞伎にまっすぐ育ってきた人柄が伝わってくる。

火花

又吉直樹「火花」

お笑いの世界を舞台にしていること以外はストレートな青春小説(芥川賞の選考会で宮本輝が推したのもなんとなく納得)。自分だけが理解し、尊敬している師匠というモチーフも古典的だが、その師匠との会話を通じて、良い意味で青くさい人生論、お笑い論(創作論)になっていて心に残る。何より、作者が自分自身にとって切実なものを書いていることが伝わってくる。
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コーランには本当は何が書かれていたか?

カーラ・パワー「コーランには本当は何が書かれていたか?」

これまで訪れた土地の中でも、パキスタンやシリアといった保守的なイスラム地域こそが最も人が親切で、さらにこちらの思想や信仰にも寛容だったのはなぜかという疑問に答える一冊だった。

邦訳書にありがちな大胆なタイトルが付けられているが、原題は”If the oceans were ink”。コーランの解説書ではない。米国人ジャーナリストが、保守的なイスラム学者であるアクラム・ナドウィー師のもとに通い、コーランを学ぶ。その過程で出会った文化の相違や、さまざまな疑問を丁寧に綴っており、著者と読者が同じ道を歩くことができる優れたルポとなっている。
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幼年期の終わり

アーサー・C・クラーク「幼年期の終わり」

第1章が書き直されている新版。

宇宙の彼方から超越者が現れ、人類を導く。人はその超越者をオーバーロードと呼び、国家は解体され、差別や格差は撤廃される。絶対に超えられない存在を知った人類は進歩をやめる。宇宙を目指さなくなり、科学も芸術も衰退する。

こう書くとよくあるディストピア小説だが、この作品のスケールはそれにとどまらず、まさに人類の“幼年期の終わり”を描く。
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名妓の夜咄

岩下尚史「名妓の夜咄」

新橋芸者の聞き書き。

花柳界は小説から映画、音楽までさまざまなジャンルの舞台となってきたが、イメージ先行の創作が多く、その実態を丁寧に記録したものはほとんど無い。戦前から戦後にかけての花街の様子が伝わる貴重な一冊。
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みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記

星野博美「みんな彗星を見ていた 私的キリシタン探訪記」

戦国~明治にかけ、日本は4万人とされるキリシタンの殉教者を出した。棄教すれば命は許された一方で、棄教を拒めば火あぶりや熱湯責めなどの過酷な拷問が行われた。なぜ信徒たちは信仰を貫き、神父らも国外追放を拒んで命を投げ出したのか。著者はその疑問を抱いてキリシタンの足跡をたどる旅に出る。
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恋川

瀬戸内晴美「恋川」

昭和を代表する文楽人形遣いの一人、桐竹紋十郎の生涯を縦軸に、男の芸の世界を描きつつも、基本的には著者らしい女の物語。 紋十郎本人の女出入りに、その弟子、さらに語り手の友人の不倫関係が重なって綴られる。これら全てが、浄瑠璃に語られる男と女の物語の繰り返しにも感じられる。
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浮標

三好十郎「浮標(ぶい)」

三好十郎の代表作の一つで、自身の体験を書いた私戯曲。肺を患う妻と画家の夫。生活は困窮し、社会は少しずつ戦争への道を進んでいく。失うことができないものを、今まさに失おうとしている。これほど言葉の一つ一つから切実さが伝わってくる作品は無い。最後、死期の迫る妻に夫が万葉集を読み聞かせながら感情をぶつける場面は、初めて戯曲を読んで涙が滲んだ。タイトルに掲げられたブイは、茫漠とした人生の海で、波間に漂う孤独な姿にも、希望の微かな手がかりの比喩のようにも思える。
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巨匠とマルガリータ

ミハイル・A・ブルガーコフ「巨匠とマルガリータ」
(池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 1-5)

ずっと前に買ったまま、厚さで敬遠していた一冊。読み始めると、奇想天外な展開に引き込まれてあっという間に読了。第一部は、モスクワに悪魔が現れてやりたい放題。第二部はタイトル通り“巨匠”とマルガリータの恋に焦点が当たる。そこに巨匠が書いたピラトの物語が重なる。
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