菅野覚明「神道の逆襲」
ポップな(少しださい)タイトルの割には中身は全然ポップではなく、しっかりとした神道思想史。伊勢神道、吉田神道、垂加神道から、本居宣長や平田篤胤らの神道解釈まで、日本人にとって神様とは何か、の思想を追っていく。個人的には、国家神道や現在の神社神道がなぜ成立したのかを含めて神祇信仰全体の歴史を知りたくて手にとった本だが、そうした総合的な視野で書かれたものではなく、あくまで思想史。政治や社会情勢に対する言及は少ない。
読んだ本の記録。
色川武大「怪しい来客簿」
戦前から戦後間もない時期の、社会の片隅のつれづれ。エッセイのような筆致で書かれた連作短編。
これは諦観なのか、寛容なのか。著者のまなざしは冷め切っていると同時に、とても優しい。不器用な自分に限りない劣等感を抱えつつ、それを観察者の冷めた目で見てしまう。屈折した人間だけが持てる温度。
医師の過失に「ミスだとしたら、私はこれまで他人のミスに対して寛大でなかったことは一度もなかった。その基本方針をまげるわけにはいかない」「自分であれ他人であれ、一度ミスをおかしたら、助けてくれるものは何もないのだという現実に誰でも直面してしまう。だから寛大にならざるを得ない」。
ユーモアとともに、著者の人を伝える作品集。
ピエール・ロチ「秋の日本」
仏作家、ピエール・ロティの日本滞在記。
明治期に日本を訪れて記録を残した外国人は大勢いるが、ロティはラフカディオ・ハーンなどと比べるとかなり率直な旅行者の視線=軽侮や驚き混じりの感想を記していて、だからこそ、現代の旅行記と似た感覚で面白く読める。京都駅で人力車の客引きに囲まれる所など、バックパッカーのインド旅行記のよう。
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カート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス5」
ドレスデン空襲を中心に据えながら、物語はずっとその周囲を飛び回る。
米国兵のビリー・ピルグリムは、時間を超えて人生の断片を行き来しながら生涯を送る。欧州戦線から、戦後の穏やかな日々、時間という概念を超越した宇宙人が住むトラルファマドール星まで、場面は脈絡無く飛んでいく。
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伊藤亜紗「目の見えない人は世界をどう見ているのか」
“見る”ということから考える身体論。
全盲という状態を、見えている状態を基準に「視覚情報の欠如」として捉えるのではなく、「視覚抜きで成立している身体」として考える。情報が少ないぶん自由であるという視点は目からうろこ。
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