日本人のくらしと文化 炉辺夜話

宮本常一「日本人のくらしと文化 炉辺夜話」

宮本常一の講演をまとめたもの。宮本の農業や地域振興の指導者としての側面が示されていて興味深い。

各地の村や町がどう成り立ってきたのか、そこで人々がどう生きてきたのか、自ら歩いて蓄えた膨大な知識をもとに、全ての地域が対等に豊かであることを宮本は説き続けた。

「普通伝統と申しますと、古いことになじんで、そうして古いことを大事にしていくのが伝統だとお考えになっておられる方が多いのではないかと思いますが、伝統というのはそういうものではなくて、自分の生活をどのように守り、それを発展させていくか、いったか、その人間的なエネルギーを指しているものであるだろうと思うのです」
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井上ひさしの日本語相談

「井上ひさしの日本語相談」

日本語についての素朴な質問に井上ひさしが答える。気楽に読める一方で、はっとさせられることも多い。

日本語は形容詞が少なく、その不足を補うために形容動詞が量産され、最近は「~的」という言葉使いが多用されるようになった。人称や数の支配を受ける英語の動詞に対して、他者との関係に支配される日本語の動詞。音節の少なさから来る同音異義語の多さ。……などなど。普段意識していなかった事に改めて気付かされた。

何より、「正しい言葉使い」にこだわるのではなく、どんな表現でも誤用や紋切り型と切り捨てるのではなく、なぜ使われるようになったのかを考え、向き合っている姿勢を見習いたい。巻末の丸谷才一らとの対談も、井上ひさしの言葉や劇作に対する姿勢が見えて興味深い。

近代能楽集

三島由紀夫「近代能楽集」

三島由紀夫が能を現代風に翻案した戯曲集。非常に巧みな翻案で、短編小説よりも短い文章に三島のエッセンスが凝縮されている。能楽の美と三島の美意識が深いところで共鳴しているよう。

解説でドナルド・キーンが書いているように、能は言葉遣いは古くても、内容自体はギリシア古典劇と同様、時代に全く関係が無い。時代を超越した人の情念や美を描いていることがよく分かる。

わが盲想

モハメド・オマル・アブディン「わが盲想」

むちゃくちゃ面白い。盲目のスーダン人留学生(といっても、歳もセンスも既におっさん)が、19歳で日本に来てからを綴ったエッセイ。寿司と歌謡曲が大好き、野球はカープ(後で弱いことに気づいてちょっと後悔)。日本の文化にどっぷりと浸かりつつ、客観性も失わない絶妙のセンス。全盲で漢字を使いこなすことだけでも凄いのに、おやじギャグに自虐、ノリツッコミを交えた文章。他言語でこれほどのユーモアを身につけられるとは。なんだかいろいろな希望を感じられる一冊。

ホテルローヤル

桜木紫乃「ホテルローヤル」

釧路郊外のラブホテルを軸に、移ろいゆく人間関係を描いた連作短編集。北海道らしい直接的な描写はほとんどないのに、どこか閉塞感のある地方の感じを出している。しかも、乾いたというか、冷たさのある閉塞感が道東らしい。テーマからすると、もっと悪趣味に書いてもいいような気がするが、直木賞としてはこのくらいの毒がちょうどいいのかも。

リチャード三世

シェイクスピア「リチャード三世」

シェイクスピアの描く“極悪人”。兄弟を陥れ、仲間を殺し、未亡人を誘惑する。饒舌で、語りかけや傍白が多く、観客から近いところにいると感じられるためか、悪人ながら強烈な魅力を放っている。フォルスタッフ、オセロ、ハムレット…シェイクスピアはどの作品でも物語よりも人物に強い印象が残る。

日本の現代演劇

扇田昭彦「日本の現代演劇」

60~80年代を中心に日本の現代演劇史がとても分かりやすくまとまっているとともに、著者個人の観劇体験が書かれていて、演劇ファンが何を見て、どう感じてきたのかの記録ともなっている。

「戦後文学」のような「戦後演劇」を作れなかった新劇、唐十郎らが目指した身体性、蜷川幸雄が商業演劇に移った意味と功績、寺山修司の異端性がどこに由来しているのか、70年代のつかこうへい、80年代の野田秀樹が演劇にもたらしたもの……

余談だが、こうした分かりやすい演劇史が、関西や地方の演劇活動についても書かれてほしい。地方で優れた作品が作られても、それは歴史からこぼれてしまう。

聖なる怠け者の冒険

森見「登美彦聖なる怠け者の冒険」

主人公をはじめ、登場人物の半数が動きたがらない怠けもの。冒険と怠惰のせめぎ合いの中、よく分からない勢いで物語が進んでいく。この不思議な推進力は著者ならでは。文体は以前よりもシンプル。読みやすいけど、初期の無駄にだらだらした文章も名残惜しい。新聞連載がベースということもあって、やや難産のあとも感じられるけど、安定した面白さ。

なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか ―PKO司令官の手記

ロメオ・ダレール「なぜ、世界はルワンダを救えなかったのか ―PKO司令官の手記」

原題は「Shake Hands with the Devil」。この本をもとにした同名ドキュメンタリーを見たことがあるが、まさか邦訳されるとは。

94年、国民の1割に当たる約80万人がたった100日の間に虐殺されたルワンダ。悲劇の記録は邦訳も含めて多く出ているが、背景を丁寧に分析した本は少ない。これは、当時、目の前で始まった虐殺を傍観するしかなかった国連平和維持軍の司令官による手記。徐々に緊張感が高まる中、国連と国際社会がいかにルワンダを無視したのかの貴重な証言となっている。

「私たちは同じ人間なのだろうか? あるいは人間としての価値には違いがあるのだろうか?」
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