洗脳の楽園

米本和広「新装版 洗脳の楽園」

「無所有一体」を掲げ、我執=自我を捨てた“ユートピア”ヤマギシ会。解離状態に陥らせる「特講」、徐々に生まれる上下関係や命令の形をとらない強制力など、二十世紀、世界各地で悲劇を招いた社会主義の実験を彷彿とさせる。
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宗教で読む戦国時代

神田千里「宗教で読む戦国時代」

カトリック宣教師が直面した中世日本の仏教と「天道」思想。キリスト教と似た側面にとまどいつつも、悪魔が拵えたものと非難した排他性が追放令につながっていく。

宗教一揆として知られる一向一揆は政治的な対立に宗徒が動員されただけで、権力者は宗教を利用しようとはしても、弾圧に熱心だったわけではない。信長対本願寺も捏造も含めて事後的に語られたもので、信長は宗教的には常識人だったという。

中世日本の精神性を理想化しすぎている気もするけど、かなり面白い。戦国大名の切った張ったばかりが注目されるけど、中世は文化史が熱い。

石井光太責任編集 ノンフィクション新世紀

石井光太責任編集「ノンフィクション新世紀 ‐世界を変える、現実を書く。」

ガイド本と思って甘く見るなかれ。とても実した内容。松本仁一や森達也、高木徹、猪瀬直樹らのインタビューは方法論や人柄が分かって面白いし、作家らが選ぶベストはそれぞれ30作品も挙げられていて、趣味が分かる上に読書ガイドとしても実用的。

巻末のノンフィクション関連年譜も白眉の出来。読みたい、読んでいない本が多すぎる。ノンフィクションガイドは他にもあるけど、現時点では一番では。

狂気の起源をもとめて ‐パプア・ニューギニア紀行

野田正彰「狂気の起源をもとめて −パプア・ニューギニア紀行」

約30年前にパプア・ニューギニアの高地で精神病患者の診察を行った記録。精神医学の知見や「分裂病」という表記に時代を感じるけど、西洋文明が入り始めた社会を回った紀行文としても読み応えがある。

高地の村では分裂病の患者は少なく、以前から西洋文明と接触があった海岸部では、日本と同じような症状がみられたという。

精神疾患の発生とその慢性化は「自己と他の関係がかなり固定している文化」と「個性の確立を通して社会と直面する文化」の差に影響される。伝統社会では狂気も文脈付けられ、受容される故、一時的なもので終わることが多いのだろう。

ヘンな日本美術史

山口晃「ヘンな日本美術史」

画家の目線から、西洋の写実とは違う「日本美術」の面白さを柔らかい語り口で説いた一冊。

透視図法とは違う、段階的な奥行き。横顔に正面を向いた目、後ろから見た耳、キュビズムのように次元が混在した描写。西洋近代以降の画法になれてしまった目には、中世などの絵の魅力は分かりづらいが、それは人間の感覚からすれば、ただ見たままを書くよりも真実に近いのかもしれない。
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パワー 西のはての年代記Ⅲ

アーシュラ・K・ル=グウィン「パワー 西のはての年代記Ⅲ」

「西のはての年代記」第3作。類まれな記憶力と未来を見る能力を持ち、“幸福”な奴隷として学問を修めた少年ガヴィア。逃亡奴隷が築いた町も、人が人を支配する“力”が存在し、理想郷ではなかった。

自由とは何なのか。幸福を与えられることの欺瞞。前2作と違い、孤独で長い旅が描かれる。
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中世の東海道をゆく ―京から鎌倉へ、旅路の風景

榎原雅治「中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景」

飛鳥井雅有(鎌倉時代の公家)の日記などの文献資料をもとに、“五十三次”以前、中世の東海道の姿を考察する。

日記の記述と合わせ、当日の潮汐推算までして地形や通過時間を割り出す分析はかなりマニアック。海沿いに平野が広がっていたというよりも多くの湖沼が点在していたことや、木曾川がかつては別の川を指していたとの指摘、浜名湖が明応地震以前から海水が逆流する汽水湖だった可能性など、かなり面白い。

和歌一つとっても、ただ言葉を捉えるだけでなく、当日の場所と状況を細かく分析することで違う姿が見えてくる。文献研究とはこれほど奥深いのか。

周防大島昔話集

宮本常一「周防大島昔話集」

宮本常一が祖父や両親から聞いた話を中心にまとめた昔話集。ブラッシュアップされていない、聞き取ったままの昔話はオチも教訓もないものが多いが、そのシュールさが面白い。解釈を拒むのが本来の物語の有りようなのだろう。他の地域や落語と共通するような話もあって興味深い。
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