歴史を考えるヒント

網野善彦「歴史を考えるヒント」

日本という国号が定められ「日本人」が生まれたのはいつなのか、この問いにまともに答えることができる人がどれだけいるだろうか。関東や関西といった地域名がいかに生まれたか。自由、人民、土民、落とす、募るの本来の意味は――。

日本の歴史教育は左右問わず、自虐かどうかよりも根本的なところでずれている。近代の農本主義に基づく百姓=農民という誤解が歴史観をいかに歪めたか。為政者の意志や外国語との出会いで言葉の意味は移り変わり、過去の姿も変わって見えてしまう。言葉を軸に歴史を考える、網野善彦のエッセンスが詰まった一冊。

ゼロ! こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?

片野ゆか「ゼロ! こぎゃんかわいか動物がなぜ死なねばならんと?」

「明日の処分、本当になかとですか」

犬の殺処分ほぼゼロを達成した熊本市動物愛護センター。年間約700頭が週2回に分けてガス室に送られていた00年。引き取りを依頼する無責任な飼い主の説得と、収容された犬のトレーニング、譲渡先探しの徹底を経て、ガス室は稼働しなくなった。
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水に似た感情

中島らも「水に似た感情」

不思議な魅力にあふれた小説。自身の体験を書いているという意味では、エッセイやノンフィクションとも言えるかもしれない。

取材で訪れたバリを舞台に躁病が高じていく前半と、入院を経て島を再訪する、不思議な静けさに満ちた後半。シンプルな中島らもの文体も、特に特徴が無いのに、読みやすいだけでなく、読んでいて少しずつ心が落ち着いていく。
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華氏451度

レイ・ブラッドベリ「華氏451度」

ブラッドベリの代表作の一つ。読書も書物の所有も禁じられた社会で、書き記すこと、を描いたかなりストレートな寓話だけど、本の消えた社会の光景は、現実の現代と怖いほど似ている。紙が燃え上がる温度を据えたタイトルは20世紀の小説でもトップクラスのセンスだと思う。

「わしたちには、いまやったことの愚劣さがわかるのだ。一千年ものながいあいだ、やりとおしてきた行為の愚劣さがわかるんだよ。それが理解できて、しかも、そのばかな結果を見ておるので、いつかは、やめるときがくる」

貧乏人の経済学

アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ「貧乏人の経済学 ―もういちど貧困問題を根っこから考える」

マクロな“貧困の経済学”ではなく、ミクロな“貧しい人の経済学”。

極めて貧しい人たちが、なぜ事業を営むのか。なぜ事業が拡大し得ないのか。食料に、蚊帳に、教育に費やすコストが予想より低くなるのはなぜなのか――。
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生きていく民俗

宮本常一「生きていく民俗 -生業の推移」

村で、町で、山で、海で、川で、人が生きていくためにどう働いてきたか。自給可能な社会、行商の始まり、職業の分化、差別の発生……人と生業の関わりと町や村の変容を追う。

宮本常一の民俗学は、文字の資料のみに頼らず、日本列島をくまなく歩いた自らの経験を元に築かれている。それは学術的な弱さの一方、世間師の語りとして無類の説得力を持たせている。そこらの啓発本よりよほど、働くこと、について見つめなおすきっかけになる一冊だと思う。

さいごの色街

井上理津子「さいごの色街」

遊廓の雰囲気を今なお残す大阪・飛田新地。文章の端々に、興味本位、という執筆動機が滲むが、取材はおろか、見学に立ち入ることも憚られる土地だけに、よくここまで書けたなと思う。取材対象を騙し討ちにする不誠実な取材過程も、売春の是非に対する自らの迷いも明らかにしつつ、飛田に生きる人びとの話を聞いて回った記録は読み応えがある。