民藝とは何か

柳宗悦「民藝とは何か」

本当の美は日用品の中にこそ宿る。昭和初期に民藝運動を提唱した柳宗悦。歯切れが良く、読んでいて気持ちが良い。

「なぜ特別な品物よりかえって普通の品物にかくも豊かな美が現れてくるか」 「前者の有想よりも後者の無想が、より清い境地にあるからです。意識よりも無心が、さらに深いものを含むからです。主我の念よりも忘我の方が、より深い基礎となるからです。在銘よりも無銘の方が、より安らかな境地にあるからです。作為よりも必然が、一層厚く美を保証するからです。個性よりも伝統が、より大きな根底と云えるからです。人知は賢くとも、より賢い叡智が自然に潜むからです」
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痴呆を生きるということ

小澤勲「痴呆を生きるということ」

痴呆について語られることは多いが、痴呆を病む人たちが何を見て、どう感じ、どのような世界に生きているかが語られることはほとんど無い。

記憶障害などの避けられない中核症状と、妄想や徘徊など、環境や個人によっても左右される周辺症状。認知レベルの障害が進んでも、「わたし」の情動性は保たれ、それが痴呆の当事者を瀬戸際に追い込んでいく。

一方、信頼で結ばれた援助者や環境が「認知の補装具」を提供できれば、多くの不自由は乗り越えられる。当事者の心に寄り添おうとする著者の視線はとてもやさしい。

洗脳の楽園

米本和広「新装版 洗脳の楽園」

「無所有一体」を掲げ、我執=自我を捨てた“ユートピア”ヤマギシ会。解離状態に陥らせる「特講」、徐々に生まれる上下関係や命令の形をとらない強制力など、二十世紀、世界各地で悲劇を招いた社会主義の実験を彷彿とさせる。
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石井光太責任編集 ノンフィクション新世紀

石井光太責任編集「ノンフィクション新世紀 ‐世界を変える、現実を書く。」

ガイド本と思って甘く見るなかれ。とても実した内容。松本仁一や森達也、高木徹、猪瀬直樹らのインタビューは方法論や人柄が分かって面白いし、作家らが選ぶベストはそれぞれ30作品も挙げられていて、趣味が分かる上に読書ガイドとしても実用的。

巻末のノンフィクション関連年譜も白眉の出来。読みたい、読んでいない本が多すぎる。ノンフィクションガイドは他にもあるけど、現時点では一番では。

ヘンな日本美術史

山口晃「ヘンな日本美術史」

画家の目線から、西洋の写実とは違う「日本美術」の面白さを柔らかい語り口で説いた一冊。

透視図法とは違う、段階的な奥行き。横顔に正面を向いた目、後ろから見た耳、キュビズムのように次元が混在した描写。西洋近代以降の画法になれてしまった目には、中世などの絵の魅力は分かりづらいが、それは人間の感覚からすれば、ただ見たままを書くよりも真実に近いのかもしれない。
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パワー 西のはての年代記Ⅲ

アーシュラ・K・ル=グウィン「パワー 西のはての年代記Ⅲ」

「西のはての年代記」第3作。類まれな記憶力と未来を見る能力を持ち、“幸福”な奴隷として学問を修めた少年ガヴィア。逃亡奴隷が築いた町も、人が人を支配する“力”が存在し、理想郷ではなかった。

自由とは何なのか。幸福を与えられることの欺瞞。前2作と違い、孤独で長い旅が描かれる。
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中世の東海道をゆく ―京から鎌倉へ、旅路の風景

榎原雅治「中世の東海道をゆく―京から鎌倉へ、旅路の風景」

飛鳥井雅有(鎌倉時代の公家)の日記などの文献資料をもとに、“五十三次”以前、中世の東海道の姿を考察する。

日記の記述と合わせ、当日の潮汐推算までして地形や通過時間を割り出す分析はかなりマニアック。海沿いに平野が広がっていたというよりも多くの湖沼が点在していたことや、木曾川がかつては別の川を指していたとの指摘、浜名湖が明応地震以前から海水が逆流する汽水湖だった可能性など、かなり面白い。

和歌一つとっても、ただ言葉を捉えるだけでなく、当日の場所と状況を細かく分析することで違う姿が見えてくる。文献研究とはこれほど奥深いのか。

周防大島昔話集

宮本常一「周防大島昔話集」

宮本常一が祖父や両親から聞いた話を中心にまとめた昔話集。ブラッシュアップされていない、聞き取ったままの昔話はオチも教訓もないものが多いが、そのシュールさが面白い。解釈を拒むのが本来の物語の有りようなのだろう。他の地域や落語と共通するような話もあって興味深い。
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ヴォイス 西のはての年代記II

アーシュラ・K・ル=グウィン「ヴォイス 西のはての年代記II」

「西のはての年代記」第2作。占領下で文字の使用が禁じられた都市を舞台に、語り手の少女の成長を通じて自由と信仰、和解を描く。

語りかけるものとしての言葉や文字の持つ力の大きさ。手垢の付いたテーマなのに、もっと読んでいたいと思える世界観が素晴らしい。
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ギフト 西のはての年代記I

アーシュラ・K・ル=グウィン「ギフト 西のはての年代記I」

「西のはての年代記」第1作。“ギフト”と呼ばれる不思議な力を持った人々が暮らす高地。制御できない<もどし>のギフトを持つため、父に両目を封印された少年。

父と子、少年の成長と、よくあるテーマだけど、精緻な世界観に引き込まれる。ファンタジーものの王道ながら、想像力を刺激する広がりのあるラストも素晴らしい。