一条さゆりの性

駒田信二「一条さゆりの性」

伝説的ストリッパー、一条さゆりを描いた随筆のような小説集。かなり生々しい描写を含むが、なぜか温度の感じられない不思議な文章。作者の駒田信二が一条さゆりの激しい人生をあたたかく見つめているようでいて、むしろ、作家のまなざしを一条さゆりがあたたかく受け止めているように思える。そして、一条さゆりが感じている生きづらさに、読み手も自らのしんどさをどこか重ねてしまう。

せんべろ探偵が行く

中島らも、小堀純「せんべろ探偵が行く」

千円でべろべろ、略してせんべろ。大阪から始まる、ゆるーい大衆酒場紀行。この飲み歩きの少し後に中島らもは亡くなってしまう。既に身体はぼろぼろだったのだろう。体調不良を伺わせる描写があちこちに出てくるが、飄々とした不思議な魅力を放っている。彼の存在感、なぜ人を引きつけたのかが伝わってくる一冊。

村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド

村上春樹「村上ラヂオ2 おおきなかぶ、むずかしいアボカド」

久しぶりに村上春樹のエッセイ。相変わらずおもしろい。実のない話で、文章もこの力の抜け方はなかなか真似できない。

歳を感じさせないというか、小説は結構変化したけど、エッセイは昔からほとんど雰囲気が変わっていない気がする。さすがに内容にダブりが出てきてるけど。

彼岸からの言葉

宮沢章夫「彼岸からの言葉」

完全に趣味の問題だけど、エッセイはちょっとしたツボの違いでピンと来なくなってしまって、小説よりもシビア。

日常にひそむ気まずい瞬間などをうまく切り取っておかしみに変えてしまう感性はさすが。と思いつつ、著者のエッセイの中でも特に笑えると言われているらしいが、最後まで笑えず……

陰翳礼讃

谷崎潤一郎「陰翳礼讃」

重々しい題から高尚な芸術論かと思われがちだが、基本的には偏屈文士の愚痴エッセイ。

西洋的なもの対する捉え方が結構偏見に満ちていて面白い。西洋人が清潔すぎると言って、「あの白い汚れ目のない歯列を見ると、何んとなく西洋便所のタイル張りの床を想い出すのである」。
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あの日、僕は旅に出た

蔵前仁一「あの日、僕は旅に出た」

初めてのインド、仕事を捨てての長旅、「遊星通信」の発行、「旅行人」の出版、休刊……蔵前仁一の30年。

「深夜特急」の沢木耕太郎や「印度放浪」の藤原新也に憧れて旅に出た人は多いだろうが、旅に精神性を求めない普通の個人旅行者のスタイルを定着させたのはこの人だろう。旅行記にありがちな、自分探しのナイーブさも、インドかぶれのような説経臭さもそこには無い。
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井上ひさしの日本語相談

「井上ひさしの日本語相談」

日本語についての素朴な質問に井上ひさしが答える。気楽に読める一方で、はっとさせられることも多い。

日本語は形容詞が少なく、その不足を補うために形容動詞が量産され、最近は「~的」という言葉使いが多用されるようになった。人称や数の支配を受ける英語の動詞に対して、他者との関係に支配される日本語の動詞。音節の少なさから来る同音異義語の多さ。……などなど。普段意識していなかった事に改めて気付かされた。

何より、「正しい言葉使い」にこだわるのではなく、どんな表現でも誤用や紋切り型と切り捨てるのではなく、なぜ使われるようになったのかを考え、向き合っている姿勢を見習いたい。巻末の丸谷才一らとの対談も、井上ひさしの言葉や劇作に対する姿勢が見えて興味深い。

わが盲想

モハメド・オマル・アブディン「わが盲想」

むちゃくちゃ面白い。盲目のスーダン人留学生(といっても、歳もセンスも既におっさん)が、19歳で日本に来てからを綴ったエッセイ。寿司と歌謡曲が大好き、野球はカープ(後で弱いことに気づいてちょっと後悔)。日本の文化にどっぷりと浸かりつつ、客観性も失わない絶妙のセンス。全盲で漢字を使いこなすことだけでも凄いのに、おやじギャグに自虐、ノリツッコミを交えた文章。他言語でこれほどのユーモアを身につけられるとは。なんだかいろいろな希望を感じられる一冊。

ニール・ヤング自伝 Waging Heavy Peace

「ニール・ヤング自伝」

ニール・ヤング初の自伝。自伝とはいうものの、全然時系列になっていない、とりとめのない文章がこの人らしい。音楽活動の思い出を軸としつつ、音質へのこだわりや、趣味の車、鉄道模型などなど、思いつくまま書き連ねていったかのよう。

「お察しの通り、わたしは自分の思考をほとんどコントロールできない。今までのところ、書き直しをしたのはほんの1パラグラフほどだ」
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