歌舞伎の愉しみ方

山川静夫「歌舞伎の愉しみ方」

型や舞台の作りなど、歌舞伎特有の表現技法や約束事を丁寧に解説した一冊。入門書ながら、著者の歌舞伎に対する愛が溢れている。山川静夫という名アナウンサー、芸能評論家のエッセイとして、歌舞伎にそれほど興味がなくても楽しく読めるのでは。

柿の種

寺田寅彦「柿の種」

物理学者で俳人でもある寺田寅彦。他愛ない日常の話題が多いが、短いコラムの見本と言えるほど、すとんと心の中に入ってくる。大正時代の文章とは思えない。

「脚を切断してしまった人が、時々、なくなっている足の先のかゆみや痛みを感じることがあるそうである。総入れ歯をした人が、どうかすると、その歯がずきずきうずくように感じることもあるそうである。こういう話を聞きながら、私はふと、出家遁世の人の心を想いみた。生命のある限り、世を捨てるということは、とてもできそうに思われない」 
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猫のあしあと

町田康「猫のあしあと」

猫エッセイ。町田康だからお気楽な感じかと思ったけど、文体はいつものように軽いものの内容は真摯。保護した野良猫も含めて何匹もの猫に囲まれる生活。それぞれの個性の描写がとてもユニークで面白い。

動物も、その周りの人も見えてない自称動物好きが多い中、とてもよく見ているし、あるいは見えていないことに自覚的。命でも、自らの人生でも、「預かったときと同じ状態で、或いは利子をつけて返さねばならない」との思いが貫かれている。

世界一周ひとりメシ

イシコ「世界一周ひとりメシ」

旅は好きだが、一人で飯屋に入るのは大嫌い。見知らぬ街を歩くのは楽しいけど、見知らぬ店に入るのは怖い。

「常連客ばかりだったらどうしよう。頼み方がわからないかもしれない。店主が怖かったら嫌だ。そうかといって店主からやたら話しかけられても困る……」
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わたしが出会った殺人者たち

佐木隆三「わたしが出会った殺人者たち」

永山則夫、宮崎勤、麻原彰晃、宅間守…刑事裁判の傍聴を生業とし、幾多の犯罪小説を書いてきた著者の回想録。雑誌に連載したエッセイなので一篇一篇の内容はちょっと物足りないけど、著者と“殺人者”双方の人柄が伝わってきて興味深い。

どうしても、報道の向こう側にいる事件の関係者への想像力は欠けがちで、中でも加害者に思いを巡らすことは少ない。自らを小説にしてくれと持ちかけ、著者が喪主まで務めた山川一のエピソードが印象的。

大阪 地名の由来を歩く

若一光司「大阪 地名の由来を歩く」

大阪には変わった地名が多い。道頓堀や心斎橋を始め、人名由来のものが多いのは、江戸と違って架橋や開墾などの土木工事が民間主体だった影響だろうか。難読地名の由来が、当初の地名がなまっただけというのも、なんだか土地柄を感じさせて面白い。

地名は、そこに生きてきた人たちの歴史を何よりも感じさせる。合併や行政上の都合でそれが消えていくのは寂しい。

崩れ

幸田文「崩れ」

まるで非常に重いテーマの小説かのようなタイトルだが、「崩れ」は比喩ではなく、そのまま。

大谷崩れから有珠山まで、各地の地崩れを憑かれたように見て歩いたエッセイ。
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一億三千万人のための小説教室

高橋源一郎「一億三千万人のための小説教室」

「教室」の形をとった高橋源一郎流の文学論。ことばを楽しむこと、自分なりの世界の見方を掴まえること、まねること。

新書ということもあって、あっさり気味だけど、本質的。真摯な作家だと思う。