花柳界の記憶 芸者論

岩下尚史「花柳界の記憶 芸者論」

芸者。日本文化のアイコンの一つとされながら、その実態はよく知られていない。遊女と混同されることもあるが、吉原などの廓において職掌は明確に分けられ、芸者の売色は固く禁じられてきた。新橋演舞場に勤め、東都の名妓に長年接してきた著者による本書は、古代の巫女にまで遡って芸者と遊女の本質を探る優れた日本文化論となっている。
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西南役伝説

石牟礼道子「西南役伝説」

西南戦争を体験した古老の話の聞き書き。「苦海浄土」と並ぶ著者の代表作とされながら、絶版で全集以外では手に入りにくかった作品だが、追悼か、大河ドラマ効果か、講談社文芸文庫から再刊された。ノンフィクションというよりは、巫女に喩えられることもある偉大な作家が語り直した文学作品といった方がふさわしい。
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入門 東南アジア近現代史

岩崎育夫「入門 東南アジア近現代史」

1年半ほど前、バリン会談を再現したマーク・テのパフォーマンスを見て、マレーシア、ひいては東南アジアの現代史を全然知らない自分に気づき愕然とした。その後、手頃な概説書を探したが、戦後史に関して新書や文庫で気軽に読める本がほとんどないことを知り、重ねて驚いた。言うまでも無く、東南アジアは日本との結びつきも強く、在留邦人や旅行者の数も多い。比較的身近な地域であるにも拘わらず、経済的な面を除いてはあまり関心を寄せられてこなかった。
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古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01
古事記

池澤夏樹編の日本文学全集。第1巻では編者自ら古事記の新訳に取り組んだ。

古事記に関しては、石川淳の「新釈古事記」が素晴らしく、流麗で格調高い文章と読みやすさを両立していて何度読んでもため息が出てしまう。ただ、かなり言葉や要素を補っているため、現代語訳というよりは石川淳の作品と呼んだ方が相応しい。

池澤夏樹は本文を加筆することは極力避け、ページ下部に膨大な注釈を付けた。このことによって、神や人の名前の列記と、物語に挿入された数々の歌が大半を占める原典の構成がよく分かるようになった。特に名前の列記について池澤訳はこだわりを見せ、改行などで非常に見やすく並べている。
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図説「最悪」の仕事の歴史

トニー・ロビンソン『図説「最悪」の仕事の歴史』

人間は有史以来、さまざまな仕事を生みだしてきた。この本(”The Worst Jobs in History”)が取り扱うのは、古代ローマから近代までの西洋における“最悪の仕事”の歴史。著者は、現代でいう「危険」「汚い」「きつい」の3Kに、「退屈」と「低収入」の二つを加えた3K2Tの仕事の数々を紹介している。
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おかしなジパング図版帖 -モンタヌスが描いた驚異の王国

宮田珠己「おかしなジパング図版帖 -モンタヌスが描いた驚異の王国」

「十七世紀のオランダ人が見た日本」が非常に面白かったので、そこに登場する本の挿絵を多数収録したこの本も買ってしまった。モンタヌスの著書の挿絵を中心に、丁寧な観察と壮大な勘違いが混ざり合った当時の日本像を紹介している。
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サピエンス全史(下)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福(下)」

下巻は第三の革命である「科学革命」について。認知革命による虚構を語る能力と、農業革命による生存基盤の安定化は科学革命を引き金として人類に爆発的な繁栄をもたらした。知的好奇心と帝国主義、科学の発展と進歩主義、そして資本主義が結びついて現在の世界を作り上げた。

著者はサピエンス史を締めくくるにあたり、「幸福」とは何かという問いを経て、人類の未来についての考察を行う。生命工学の進歩で種としてのサピエンスの歴史は終わりを告げるかもしれない。身体の改変や、情緒の操作などが行われるようになれば、それは既に別の種だ。我々は“原人”になるかもしれない。現時点ではSFのような現実離れした話に聞こえても、百年、千年という長期的な視点に立てば、倫理的な軛などいずれは乗り越えられてしまうだろう。
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サピエンス全史(上)

ユヴァル・ノア・ハラリ「サピエンス全史 文明の構造と人類の幸福 (上)」

我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか。というのはゴーギャンの有名な絵のタイトルだが、この問いかけは“人類”という自己認識が生まれてから、あらゆる学問や芸術、宗教の根本的なテーマとなってきた。

「サピエンス全史」は、この問いに近代が積み上げてきた学問の総力を挙げて挑む。生物学や社会学から、経済、科学、宗教、哲学まで、多角的にホモ・サピエンスの歴史を描き出す。出来事の羅列より、なぜ私たちは今こう考えるのか、なぜこうした社会が発展したのか、といった考察に力点が置かれていて非常に刺激的な内容。
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キメラ―満洲国の肖像

山室信一「キメラ―満洲国の肖像」

仮にも国として作られながら、崩壊時に多くの資料が焼き払われたこともあり、満洲国の実像や全体像はなかなか摑みづらい。漠然としたイメージや、あるいは引き揚げ者の証言を通じて「満洲」は語られてきた。

法制思想史が専門の著者は関東軍、日本、中国のつぎはぎで作られた“キメラ”として満洲の通史を描く。そこでは、政治の実験場、軍の裏金作りの場、「五族協和」を掲げながら実態は差別に満ちた社会としての満洲の姿が明らかになる。
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