藁の王

谷崎由依「藁の王」

デビューしたものの、著作は絶版になった1冊だけという小説家が、大学で創作を教えることになり、学生との関係を通じて「書くこと」について向き合う。何のため/誰のために書くのか、学生たちとの関係が行き詰まる中で「わたし」は考える。同時に、自分の考えを学生たちに強いても良いものかと悩む。

フレイザーの「金枝篇」に書かれる王殺しのエピソードが、教師と生徒、書き手と読み手/未来の書き手の関係に重ねられる。著者自身も大学の文芸学部で教鞭をとっており、フィクションの中に私小説の雰囲気も漂う。
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図書室

岸政彦「図書室」

著者の書く文章には、温かな諦念というようなまなざしが常に感じられる。諦念というとネガティブに聞こえるが、それは自分や他者の人生に対する肯定と一体となっている。

表題作は、五十歳の「私」が、幼い頃に通った公民館の図書室で出会った少年との思い出を振り返る。小学生の二人が交わす大阪弁の会話がほほ笑ましい。人類が滅亡した後にどうすれば生き残れるか。切なく、おかしく、どこか温かい記憶。
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なめらかな世界と、その敵

伴名練「なめらかな世界と、その敵」

SF界の新星として話題になっている著者の短編集。

表題作は、可能世界を自由に行き来することができるようになった人々が暮らす世界が舞台。並行世界や可能世界というと重厚なイメージが強いが、無数の「こうだったかもしれない世界」を飛び回る少女たちの青春を生き生きと描いている。
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わたしが・棄てた・女

遠藤周作「わたしが・棄てた・女」

終戦後間もない東京。大学生の吉岡は、世間知らずな少女、森田ミツと体の関係を結ぶが、田舎臭いミツに嫌悪感を覚え連絡を絶つ。やがて吉岡は就職先の重役の娘と結婚するが、ミツは一途に吉岡のことを思い続けている。

とここまで書けば身勝手な男の姿を描いた通俗小説だが、ミツの人物像が掘り下げられていく中で、物語は哲学的、宗教的な様相を帯び始める。
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この世にたやすい仕事はない

津村記久子「この世にたやすい仕事はない」

前職で燃え尽きた36歳の女性が職安で紹介された仕事を転々としていく連作短編集。「コラーゲンの抽出を見守るような仕事」というふざけた要望に対して紹介されたちょっと奇妙な五つの仕事を通じて、主人公は自分の居場所を探していく。
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この人の閾

保坂和志「この人の閾」

著者の小説は変わっていて、物語的な起伏がほとんどないだけでなく、登場人物の散漫な会話や日常生活がだらだらと綴られるものが多いのだけど、平易な文体と相まってそれが心地良く、いつまでも読んでいたいという気にさせられる。登場人物のとりとめもない思索は、不思議と読み手の思考も刺激する。
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