プログラム

土田英生「プログラム」

MONOの芝居はハズレがない。毎回、対話の面白さをたっぷり堪能させてくれる。しかも、ただ笑って終わりではなく、登場人物一人一人の置かれた立場やその言葉を通じて、現実の生活や社会についても振り返らされる。主宰の土田英生氏による初の小説であるこの作品も、それは変わらない。

舞台は近未来。移民が増えた日本社会に対する反動として、東京湾の人工島に“古き良き日本”の面影を残す「日本村」が作られる。そこには血統的に純粋な日本人のみが暮らすことを許され、外部からの観光客や、移民の血が混じる住民は例外として目印となるバッジの装着が命じられる。ある日、その島に設けられた“夢の次世代エネルギー”の発電所で事故が起こる。
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スミヤキストQの冒険

倉橋由美子「スミヤキストQの冒険」

架空の政治思想「スミヤキズム」を信奉する青年Qが、革命を起こすことを意図して孤島の感化院に赴任し、そこで院長やドクトルら奇妙な人物に出会う。頭でっかちなQは理論武装で現実に立ち向かい、周りの人間や状況に翻弄される。

ここに描かれる「スミヤキズム」は、現実のマルキシズムやトロツキズムを容易に連想させる。だとしたら、院児の肉を食料とする感化院の姿は権力や資本主義のメタファーか。確かに、資本主義は不条理でグロテスクで、トロツキズムは滑稽だ。

しかし、著者自身はこうした読み方を否定する。
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墓地を見おろす家

小池真理子「墓地を見おろす家」

怖いと評判の作品。

墓地を見おろす新築マンションに越してきた一家の周りに奇妙な出来事が次々と起こる。エレベーターでしか出入りできない地下フロアに閉じ込められたり、エントランスのガラス戸に白い手形が次々と現れたりと、たしかにぞっとする場面はあるが、登場人物の描写や細部のリアリティ不足であまり怖いと思えなかった。

なぜ、の説明が無いまま恐ろしい出来事が続くのはホラーとしては欠点ではない(スティーブン・キングの作品なんて全部そうだ)が、細部に説得力がないと怖がれない。フィクションとはいえ、というより、フィクションだからこそ。
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騎士団長殺し

村上春樹「騎士団長殺し」
第1部 顕れるイデア編第2部 遷ろうメタファー編

 

これを成熟とみるか、停滞とみるか。集大成ととるか、懐古趣味ととるか。評価が大きく分かれそうな印象を受けた。

妻が離れていき、社会と隔絶された孤独な環境に身を置く。やがて非日常への誘い手となる不思議な存在やミステリアスな少女が現れて……。さらに、井戸のような深い穴、得体の知れない暴力の予感、戦争の記憶、完璧で奇妙な隣人、様々な楽曲への言及など、過去の作品で繰り返されたモチーフが満載。

「神の子どもたちはみな踊る」以降、三人称を取り入れるなど、常に新しいものを書こうとする姿勢が目立っていただけに、久しぶりの一人称(「僕」ではなく「私」だけど)の文体と相まって、少し驚かされた。
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しんせかい

山下澄人「しんせかい」

作中では【先生】【谷】としか書かれないが、倉本聰が主宰していた「富良野塾」での日々を綴った小説。

19歳。【先生】のこともよく知らなければ、俳優になりたいという強い思いがあるわけでもない。たまたま目にした新聞記事を見て飛び込んだ【谷】は、俳優教室というよりは小さな共同体で、日々小屋作りや農作業に追われる。
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夜市

恒川光太郎「夜市」

表題作と「風の古道」の2本。さまざまな世界が混ざり合い、対価さえ払えば何でも手に入る夜市。魑魅魍魎が闊歩し、世界の裏側を通って各地をつなぐ不思議な古道。設定だけ書いたら既視感のある話だが、舞台の見せ方や物語の進め方が巧みで、それがシンプルな文体と相まって非常に魅力的な世界を構築している。
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しろいろの街の、その骨の体温の

村田沙耶香「しろいろの街の、その骨の体温の」

読みながら気分が沈んでいく。ただ中学、高校で“強者”として生きてきた人には全くピンとこない小説だろう。

こじらせた初恋の物語。といっても最近よく使われるコメディチックな「こじらせ」ではなく、歪んで、暗く、痛々しい。
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好色一代男、雨月物語ほか 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集11

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集11
好色一代男/雨月物語/通言総籬/春色梅児誉美

江戸文学の豊かさとレベルの高さがよく分かる一冊。

「好色一代男」は“女3742人、男725人”と交わった男、世之介の一代記。7歳から60歳までを1年1話で綴り、1話完結の連載漫画のようなテンポの良さ。世之介、7歳、夏の夜。子守の女中に「恋は闇というのを知らないか」と迫り、10歳で早くも男色に目覚める。後半にいくにつれて徐々にマンネリ化していくのも連載漫画っぽい。 “好色一代男、雨月物語ほか 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集11” の続きを読む

平家物語 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集09
古川日出男訳「平家物語」

祇園精舎の鐘の声/諸行無常の響きあり/沙羅双樹の花の色/盛者必衰の理をあらはす

冒頭の文章は誰でも知っているのに、ちゃんと平家物語を読み通したことがある人は少ないのでは。古川日出男は壮大な軍記物語を、現代の小説の文体を取らず、あくまで琵琶法師の語りとして現代に蘇らせた。

「祇園精舎の鐘の音を聞いてごらんなさい。ほら、お釈迦様が尊い教えを説かれた遠い昔の天竺のお寺の、その鐘の音を耳にしたのだと想ってごらんなさい。
諸行無常、あらゆる存在(もの)は形をとどめないのだよと告げる響きがございますから」

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池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集08
日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集

鎌倉時代に成立したとされる「宇治拾遺物語」。煩悩を断ち切るために陰茎を断ち切った、という僧侶が貴族の家を訪れ、証拠として下半身を露出。主の命を受けた小僧が下半身の密林を探ると、刺激を受けたモノが巨大化して噓が露見。という話(「玉茎検知」)があって、高校生の頃に読んで度肝を抜かれたことを思い出す。
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