浮遊霊ブラジル

津村記久子「浮遊霊ブラジル」

アイルランドへの旅行を前に死んでしまい、未練から浮遊霊となった72歳の男の姿を描いた表題作が面白い。

身体が壁をすり抜け、建物に自由に出入りできる一方、車や電車に乗ることができず、歩く速度でしか動けない。下心から近所の銭湯に行ってみるも同世代しかおらず、無為な日常に飽きてしまったところで、人に取り憑いて移動できることに気付く。そこから憑依を重ねるも念願のアイルランドは遠く、不思議な巡り合わせでブラジルに辿りついてしまう。
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曽根圭介「鼻」

後味の悪い短編3本。いずれも設定と構成が秀逸。

表題作は、人間が外見で「ブタ」と「テング」に二分された社会が舞台。迫害を受ける「テング」の子供の転換手術を依頼された医師の視点で物語が進む。そこに少女の行方不明事件を追う刑事の話が挟まれ、やがて二つの物語が意外な形で繫がる。
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京都のおねだん

大野裕之「京都のおねだん」

本来、モノやサービスの値段は、売り手と買い手との関係性や、その時々の状況などさまざまな要因で決まる。言い換えれば、値段はそこに多様な情報を含んでいる。

近代化と共に値段の付け方は均質化され、一律に提示することが難しい“よく分からない値段”が敬遠されるようになってきたが、京都にはまだ一部にそうした“おねだん”が残っている。チャプリンの研究者である著者は、京都に住んで20年あまりの「京都人見習い」。ゲーム感覚で京都という多様な顔を持つ社会に分け入っていく。
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縮小ニッポンの衝撃

NHKスペシャル取材班「縮小ニッポンの衝撃」

2017年に発表された推計では、今後半世紀で日本の人口は約3900万人減り、2065年に8808万人になるという。2025年には5人に1人が75歳以上という超高齢社会に突入し、同時に東京でも人口が減少に転じる。2010年時点で人が住んでいた地点の約2割が2050年までに無住化するという推計もあり、日本社会は確実に縮小していく。

本書は2016年にNHKスペシャルで放送された内容を書籍化したもの。冒頭で、地方の過疎の影に隠れがちな東京の課題が明らかにされている。
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地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」

青木美希『地図から消される街 3.11後の「言ってはいけない真実」』

8年が経ち、ついこの間の出来事のような気もする一方で、現在の問題ではないという印象も強くなっているように感じる。元号が変われば、風化の感覚は一層進むだろう。

言うまでもなく、原発事故は過去ではなく今の問題であり、廃炉作業だけでなく、避難者の苦悩も現在進行形である。母子で自主避難し、支援の打ち切りで困窮して自ら命を絶った母親のエピソードが紹介されているが、原発事故という特殊な人災の最大の罪は、人々の間に分断をもたらしたことだった。避難するか、留まるか。その溝は家庭の中にも生まれた。同時に、一部の例外をもって避難者を裕福だと誹謗したり、自主避難者を過敏だと嘲笑するような、社会の想像力の欠如も露わになった。
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まほろば

蓬莱竜太「まほろば」

第53回(2009年)岸田賞受賞作。

田舎の旧家を舞台とした女性6人の会話劇。“家”のため、娘に婿を取らせたい母、恋人と別れて帰ってきたアラフォーの長女、シングルマザーの次女、妊娠が分かったその娘、近所のませた少女、おおらかな祖母。男は外から聞こえる祭り囃子の声でしか登場しない。
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