東山彰良「流」

2015年上半期の直木賞受賞作。この回は芥川賞の又吉直樹「火花」が話題をほぼ独占してしまったが、直木賞のこの作品も近年にない傑作として異例の高い評価を集めた。

舞台は戦後の台湾。抗日戦争から国共内戦の時代を生き延び、大陸から台湾に渡った祖父の死を巡る謎を背景として、語り手の「私」の青春が綴られる。猥雑で熱気あふれる台湾の街の描写は、匂いが漂ってくるよう。
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日本文学盛衰史

高橋源一郎「日本文学盛衰史」

小説はうそをつきやすい。真顔で出鱈目を書き連ね、うそと真実の境界を無効化してしまうことができる。高橋源一郎のこの小説は、新たな日本語文学を生み出そうと苦闘した近代作家たちの姿を描きながら、そこにさも当然のような顔で現代の風俗が紛れ込んでいる奇妙な長編小説。そこでは史実と妄想の境界は曖昧になり、うそと真実が重なり合う。
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わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か

平田オリザ「わかりあえないことから コミュニケーション能力とは何か」

著者は、学校教育の現場や就職活動で、漠然と「コミュニケーション能力」が求められる風潮に疑問を呈しつつ、わかりあえないことを前提とした対話の基礎体力を身につける重要性を説く。コミュニケーション論というよりは、教育論というべき内容。

多様化、細分化、国際化が進んだ社会で求められるのは、「バラバラな人間が、価値観はバラバラなままで、どうにかしてうまくやっていく」こと。そこでは、「合わせる」「察する」ことよりも、最低限の社交マナーとしての対話力が必要となる。
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密林の語り部

バルガス・リョサ「密林の語り部」

ペルーの作家、バルガス・リョサの代表作の一つ。都会の生活と出自を捨て、密林の語り部となって新たな人生を生きることになった青年を巡る物語。私小説風、あるいはノンフィクション風の硬質な文体で語られる書き手と青年の思い出話と、語り部による脈絡のない神話、密林の世間話が交互に綴られる。
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風の歌を聴け

村上春樹「風の歌を聴け」

「羊をめぐる冒険」以降の作品は時々読み返してきたが、デビュー作である「風の歌を聴け」を開くのはずいぶん久しぶり。

1979年発表。初期の作品に共通する「僕」と「鼠」のひと夏の物語で、著者が20代の最後に書いた感傷的な作家宣言とも言える作品。処女作にはその作家の全てが詰まっているとよく言われるが、その言葉通り、冒頭の文章には著者の全ての作品に共通する姿勢が刻まれている。

「今、僕は語ろうと思う。(中略)うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない」
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