フィリピンパブ嬢の社会学

中島弘象「フィリピンパブ嬢の社会学」

新書で、このタイトル。新書に多い「タイトルだけ秀逸」という“出落ち”を警戒して読み始めたが、非常に面白いルポルタージュだった。

真面目な大学院生だった著者は、在日フィリピン人女性を研究テーマとし、論文の題材としてフィリピンパブのことを調べるうちに、ホステスの「ミカ」と恋に落ちてしまう。そのミカとの交際や、家族との出会いを通じて、外国への出稼ぎに頼らざるをえないフィリピン社会と、日本に来るフィリピン人女性たちの置かれた状況が浮き彫りになる。
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小山田浩子「穴」

2013年下半期の芥川賞受賞作。

語り手の女性は、夫の転勤に合わせて非正規の仕事を辞め、夫婦で田舎町にある夫の実家の隣に引っ越した。姑はややお節介だが良い人で、生活上の不満は何も無い。ただ無職になった引け目が、淡々と続く日常に欠落感をもたらしている。
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時をかけるゆとり

朝井リョウ「時をかけるゆとり」

「何者」で、23歳という若さで直木賞を受賞した著者のエッセイ集。執筆時期は現役大学生だった頃から、直木賞受賞直後に書いたものまで数年間にわたっている。

自転車旅行や就活の話など、内容的にはリア充(?)大学生の日記(しかも自虐風自慢多め)という感じだが、文章の巧みさと観察眼の鋭さ(この観察力は「何者」を読むとよく分かる)で非常に楽しい一冊になっている。腹の弱さを嘆き、美容師と格闘し、見通しの甘さで旅行をふいにする。大学生らしいバカバカしいエピソードの一つ一つに、吹き出したり、にやにやしたり、かつての自分の姿を思い出して赤面したりと、身近な話として引き込まれた。
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文楽の女 吉田簑助の世界

吉田簑助、山川静夫「文楽の女 吉田簑助の世界」

お初・徳兵衛(曽根崎心中)、お軽・勘平(仮名手本忠臣蔵)、お染・久松(新版歌祭文)、お半・長右衛門(桂川連理柵)……。
浄瑠璃などの近世文学に登場するカップルの名前は、大抵女性の名が先に語られる。それは物語の主人公が男であっても、究極的には女性の運命を描いていると多くの人が感じるからだろう。

社会の理不尽に絶え、時には運命に抗い、意地を通そうとする姿は男の登場人物以上に存在の光を放つ。その文楽の女たちについて、当代一の人形遣い、吉田簑助の芸談を挟みつつ、魅力を綴る山川静夫のエッセイ集。94年刊行本の新書版。
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雪が降る

藤原伊織「雪が降る」

読み終えて、じんわりと良い作品だったと思う短編小説はそれなりにあるけれど、読んでいる最中に先が気になって引き込まれる物語は、短編ではあまり無い。

「台風」「雪が降る」「銀の塩」「トマト」「紅の樹」「ダリアの夏」の六編。どの作品も、途中で読み進める手を止めることなく読了。フィクションであることをいかした不器用で気障な男たちが格好良い。
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