イスラーム国

アブドルバーリ・アトワーン「イスラーム国」

ISの成り立ちは『テロリストが国家をつくる時』が分かりやすかったが、この本はそうした内容に加えて、近代以降の欧米とアラブ諸国の外交や、アラブの春以降の各国内部の事情などが独自の情報も交えて詳しくまとめられており、現在の中東情勢を俯瞰する良書。ISの掲げる「カリフ制国家の再興」という目標が決して時代錯誤な狂信的なものではなく、残虐性のPRもよく計算されたものだということが分かる。ワッハーブ派とサウジアラビアの関係から、アフガン紛争、ジハード組織の拡散あたりまでは多くの本に書かれているが、イラク戦争以降はまだ体系的にまとめた書物が少なく、日本での報道も散発的なため勉強になった。
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青春を山に賭けて

植村直己「青春を山に賭けて」

植村直己の自伝。 今さらながら手にとって、予想以上に面白くてびっくり。アメリカやヨーロッパで肉体労働をしながら資金を稼ぎ、モンブランやキリマンジャロへ。アコンカグアの後にはアマゾンを筏で下る。旅や登山の商業パッケージ化が進む前の冒険物語で、読んでいてわくわくする。
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スローターハウス5

カート・ヴォネガット・ジュニア「スローターハウス5」

ドレスデン空襲を中心に据えながら、物語はずっとその周囲を飛び回る。

米国兵のビリー・ピルグリムは、時間を超えて人生の断片を行き来しながら生涯を送る。欧州戦線から、戦後の穏やかな日々、時間という概念を超越した宇宙人が住むトラルファマドール星まで、場面は脈絡無く飛んでいく。
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定本 日本の秘境

岡田喜秋「定本 日本の秘境」

経済成長の波がまだ地方に及んでいない昭和30年代前半に書かれた紀行文。秘境とは書いているものの、人跡未踏の地ではなく、あくまで人間の住む土地。九州脊梁山地から、神流川、大杉谷、佐田岬、襟裳岬…。中宮、酸ヶ湯、夏油といった温泉の往時の姿も興味深い。

宮本常一は「自然は寂しい。しかし人の手が加わるとあたたかくなる」と書いたが、まさにその“あたたかな風景”を求める旅。
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苦海浄土

石牟礼道子「苦海浄土」 (池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集)

「苦海浄土―わが水俣病」に第2部「神々の村」、第3部「天の魚」をまとめた世界文学全集版。どのページを開いても胸が苦しくなるような言葉が綴られ、あまりの密度の濃さに読み進めるのにかなり苦労した。

よく知られた第1部では失われた世界、前近代の残光のような幸福感を描いていて、逆説的な人間賛歌でもあったが、第2部からは患者組織が分裂、訴訟に至り、水俣市民に憎まれ、国民から厄介者とされていく過程が生々しく描かれている。
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父と暮せば

井上ひさし「父と暮せば」

原爆投下後の広島。娘の幸せを願う父の亡霊と、幸せになってはならないと自分を責める娘。随所にちりばめられた井上ひさしらしいユーモアがとにかく切ない。それでも、幻とはいえ、幸せを祈ってくれる父の姿を思い描くことが出来た娘は幸せだったのだろう。

「あよなむごい別れがまこと何万もあったちゅうことを覚えてもろうために生かされとるんじゃ。おまいの勤めとる図書館もそよなことを伝えるところじゃないんか」

「人間のかなしいかったこと、たのしいかったこと、それを伝えるんがおまいの仕事じゃろうが」

語り伝えるという井上ひさしの決意が全面に打ち出された作品。

クレイジー・ライク・アメリカ

イーサン・ウォッターズ「クレイジー・ライク・アメリカ 心の病はいかに輸出されたか」

「心の病」とその治療法は世界共通なのか。共同体や文化、時代に属するものではないのか。

著者は、香港での拒食症の流行や、日本における「うつ病」キャンペーンなど大きく四つの事例を挙げ、欧米流の精神医学の輸出の弊害を告発する。

欧米においてもボーア戦争や南北戦争など、時代によって心の反応は違っていた。現在、地域固有の症状は姿を消しつつあり、欧米の精神医学が、世界各地で苦しみに意味を与えていた物語や考え方から人々を切り離す嵐となっている。
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世界しあわせ紀行

エリック・ワイナー「世界しあわせ紀行」

幸福の探求は不幸の主たる原因の一つ。それを承知で著者は“幸せな土地”を求める旅に出る。

GNHを掲げるブータン、税金の無いカタール、極寒のアイスランド、マイペンライのタイ、インドのアシュラム……

幸せな人と不幸な人を分ける境はどこにあるのだろう。そしてそれに社会制度や文化、風土が影響を与えるのだろうか。そもそも幸福こそが最も価値あるものなのか。
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葭の渚

石牟礼道子「葭の渚」

石牟礼道子の自伝。といっても内容は「苦海浄土」を書くまでで、幼い頃の描写が多くを占める。

天草の海、零落した家、避病院と火葬場近くの新居、気がふれた祖母のおもかさま、早世した伯父、戦争、戦災孤児の少女との出会い……

悲惨な体験も著者の語りにはどこか光が差している。
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