ヴォイス 西のはての年代記II

アーシュラ・K・ル=グウィン「ヴォイス 西のはての年代記II」

「西のはての年代記」第2作。占領下で文字の使用が禁じられた都市を舞台に、語り手の少女の成長を通じて自由と信仰、和解を描く。

語りかけるものとしての言葉や文字の持つ力の大きさ。手垢の付いたテーマなのに、もっと読んでいたいと思える世界観が素晴らしい。
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ギフト 西のはての年代記I

アーシュラ・K・ル=グウィン「ギフト 西のはての年代記I」

「西のはての年代記」第1作。“ギフト”と呼ばれる不思議な力を持った人々が暮らす高地。制御できない<もどし>のギフトを持つため、父に両目を封印された少年。

父と子、少年の成長と、よくあるテーマだけど、精緻な世界観に引き込まれる。ファンタジーものの王道ながら、想像力を刺激する広がりのあるラストも素晴らしい。

西南シルクロードは密林に消える

高野秀行「西南シルクロードは密林に消える」

忘れ去られ、密林に消えた西南シルクロード。中国からビルマに密入国し、カチンやナガのゲリラの手引きでジャングルを横断し、インドへ。あまりに無謀な旅なのに、深刻さや悲壮感があまり無いのが著者らしい。
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エレクトラ ―中上健次の生涯

高山文彦「エレクトラ ―中上健次の生涯」

「これを書かなければ生きていけないというほどのいくつもの物語の束をその血のなかに受け止めて作家になった者がどれほどいるだろうか」

書くべきものは山ほどあった。それでも、書き上げるまでには何年もかかった。
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猫のあしあと

町田康「猫のあしあと」

猫エッセイ。町田康だからお気楽な感じかと思ったけど、文体はいつものように軽いものの内容は真摯。保護した野良猫も含めて何匹もの猫に囲まれる生活。それぞれの個性の描写がとてもユニークで面白い。

動物も、その周りの人も見えてない自称動物好きが多い中、とてもよく見ているし、あるいは見えていないことに自覚的。命でも、自らの人生でも、「預かったときと同じ状態で、或いは利子をつけて返さねばならない」との思いが貫かれている。

世界一周ひとりメシ

イシコ「世界一周ひとりメシ」

旅は好きだが、一人で飯屋に入るのは大嫌い。見知らぬ街を歩くのは楽しいけど、見知らぬ店に入るのは怖い。

「常連客ばかりだったらどうしよう。頼み方がわからないかもしれない。店主が怖かったら嫌だ。そうかといって店主からやたら話しかけられても困る……」
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終の住処

磯崎憲一郎「終の住処」

中年男の卑小な自意識。妻との会話がなくなり、不倫を繰り返す“彼”。結婚しても、親子でも、本質的には他人としての関係は何も変わらない。改行が殆ど無く、固有名詞が出てこない文体は狙ったのだと思うけど、内容自体はありきたりで、グロテスクさも中途半端。ただ、原因と結果、時間軸が混乱しただらだらとした描写は、閉じた意識の流れを描いたものとしてなかなか迫ってくるものがある。

屍者の帝国

伊藤計劃、円城塔「屍者の帝国」

伊藤計劃の残したプロローグに円城塔が書き継いだSF作品。屍者が動き、社会を支えている19世紀末の世界。屍者技術の根幹を成し、人間の意志を生み出す、菌株=任意のX=言葉、という設定、意識や言語といったモチーフは「虐殺器官」「ハーモニー」を連想させ、まさに伊藤計劃のもの。

一方で、細かな要素を盛り込むサービス精神(と、それ故の読みにくさ)は紛れもなく円城塔の作品。主人公はワトソン、他にもアリョーシャ、ダーウィン、ヴァン・ヘルシング……という実在、非実在の歴史上の人物が次々と登場する。