舞台は群馬。地方都市の郊外。タイトルに「薄情」とあるのは、主に語り手の宇田川静生の感情の起伏の無さ、人間関係の粘りの無さを表しているが、物語が展開する農村と市街地の境界の、景色の密度、人間の密度の薄さもその言葉にどこか重なる。
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演歌の虫
著者は言うまでもなく「よこはま・たそがれ」などで知られる作詞家で、作家としても多くの作品を残している。本書収録の表題作と「老梅」で直木賞を受賞。他に「貢ぐ女」「弥次郎兵衛」が収録されている。
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草の上の朝食
デビュー作「プレーンソング」の続編。続編と言っても、前作に物語がなかったのだから、そこに付け加えるべき新たな展開もない。成り行きで同棲している男3人、女1人。近所の野良猫に餌をやったり、競馬場に行ったり、マイペースな4人のとりとめのない日常が続く。
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未明の闘争
川端康成の「雪国」の冒頭を、頭の固い(センスのない)国語教師が添削すると、「国境の長いトンネルを抜けると、そこは雪国であった」と、「そこは」を補ってしまうというような話をどこかで聞いたか、読んだことがある。表現において「正しい日本語」というのはなく、小説や詩歌は言葉の地平を広げる。
それにしても、この保坂和志の小説はすごい。
“明治通りを雑司ケ谷の方から北へ池袋に向かって歩いていると、西武百貨店の手前にある「ビックリガードの五叉路」と呼ばれているところで、私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた。”
というのが冒頭の文章だが、「私は一週間前に死んだ篠島が歩いていた」は明らかに助詞の使い方がおかしい。そしてこれよりもっとアクロバットな文章が頻出する。
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四十日と四十夜のメルヘン
表題作は新潮新人賞を受賞した著者のデビュー作。ただ、単行本化、文庫化にあたって大幅に改稿されているようで、もとの作品がどうだったかは分からない。
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静かに、ねぇ、静かに
短編集。「本当の旅」「奥さん、犬は大丈夫だよね?」「でぶのハッピーバースデー」の3本。SNSなどのネット空間と現実の両方に生きている現代人を諷刺する内容。
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あなたの人生の物語
寡作なSF作家、テッド・チャンの短編集。表題作など8編。ファンタジー的な「バビロンの塔」から、「アルジャーノンに花束を」を連想させる「理解」、差別の問題を扱った「顔の美醜について」まで、題材、趣向はさまざまだが、科学、言語、倫理、宗教などのもたらす世界観の相剋が物語の根底にある。
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小説の自由
小説をどう書くか、小説をどう読むか、そもそも小説とは何か、という問いを巡る文章は古今東西繰り返し綴られてきた。著者の小説を読んだことがあれば、そもそも論旨明快な小説論を期待して本書を手に取ることはないだろうが、完成された評論というより思考の記録といったほうが近い。つまり、ひと言ではまとめられない。
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熱源
樺太アイヌのヤヨマネクフと、故郷を奪われたリトアニア生まれのポーランド人、ブロニスワフ。史実に基づいて展開する2人の生涯が“文明”に抗った人々の熱を現代によみがえらせる。
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ドサ健ばくち地獄/新麻雀放浪記 申年生まれのフレンズ
阿佐田哲也「ドサ健ばくち地獄」
「新麻雀放浪記 申年生まれのフレンズ」
戦後を代表する大衆小説で、青春小説、ピカレスクロマンの金字塔「麻雀放浪記」。「ドサ健ばくち地獄」と「新麻雀放浪記」はその続編にあたり、時代は「麻雀放浪記」の数年後と十数年後。それぞれ、ドサ健を取り巻く人間模様と、40歳になった坊や哲が、若い“ヒヨッ子”の師匠になる話が綴られる。
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