感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)

田辺聖子「感傷旅行(センチメンタル・ジャーニィ)」

表題作は、数々の名作を著した文豪(という呼称はあまり似合わないかも)の記念すべき芥川賞受賞作。豪快なキャリアウーマンが「(共産)党員」に恋して大騒ぎ。著者らしいユーモア溢れる男女の物語。

表題作も面白いが、併録作がいずれも素晴らしい。すれ違えない狭い田舎道で鉢合わせた路線バスの運転手の意地の張り合いを描く「山家鳥虫歌」、タイトルからは想像できない痛快な下ネタ「喪服記」、ほかに「大阪無宿」「鬼たちの声」「容色」「とうちゃんと争議」「女運長久」。何気ない日常の一場面を重ねていって人生の哀歓を浮かび上がらせる。諷刺が効いていて、やわらかな大阪弁も読んでいて心地いい。
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アンブレイカブル

柳広司「アンブレイカブル」

治安維持法を巡る連作短編集。

「雲雀」「叛徒」「虐殺」「矜恃」の4編で、それぞれ、プロレタリア文学の旗手・小林多喜二、反戦川柳作家・鶴彬、「横浜事件」で弾圧された言論誌の編集者ら、哲学者・三木清を物語の中心に据えている。スパイ小説「ジョーカー・ゲーム」の著者らしく、罪を仕立て上げようとする官憲と、表現者の息詰まる心理戦が描かれる。
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安部公房「壁」

2009年秋から今は無きソーシャルライブラリーで記録を付け始め(11年からは読書メーター)、以降いつ何を読んだかがはっきり分かる。この本はちょうど10年ぶりの再読。たしか高校生の時に初めて読んだ安部公房の作品もこの本だった(「砂の女」だったかも)。
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三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾

近藤康太郎「三行で撃つ 〈善く、生きる〉ための文章塾」

大変有用な本である。朝日新聞の名文記者による文章指南書。名高い本多勝一「日本語の作文技術」とともに全ライター志望者必携。文章力の向上に即効性がある一冊。ただ、読みながら「良い文章」とは何だろうか、そんなものあるのだろうか、ということを(自分が気の利いた文章を書けないというやっかみ半分で)考えた。
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○○○○○○○○殺人事件

早坂吝「○○○○○○○○殺人事件」

タイトルの伏せ字も読者への挑戦。さまざまな趣向を懲らしたミステリー。

南の島でのオフ会で殺人事件が起こる。クローズドサークルもののど真ん中のシチュエーションだが、後半で謎が明らかになるにつれて、突っ込みどころがどんどん湧いてくる。核となるトリックにも苦笑い。でも、この馬鹿馬鹿しさは嫌いじゃない。

<以下ややネタバレ>
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スマホ脳

アンデシュ・ハンセン「スマホ脳」

スマートフォンは社会を変えただけでなく、人間をも変質させるかもしれない。

テレビやゲームに加え、そもそも印刷された本ですら、登場した当時は警戒された。しかし、スマホをはじめとする21世紀のデジタル端末の生活への浸透具合は、過去の様々なメディアとは比較にならない。
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2020年まとめ

2020年に読んだ本は120冊(前年比↑6)、3万6733ページ(同↑1515)。ほぼ平年並みだけど、軽めの小説が多かったせいか、印象に残った本も少なく、本を読んだ実感というか、充実感のようなものはあまりない。

まずは「ニール・ヤング回想」。ニール・ヤングに関してはもはや信仰の域に入っているので、これは別格。「ニール・ヤング自伝」よりも読み応えがあった。

 

小説では、柴崎友香「百年と一日」、津村記久子「サキの忘れ物」。他に温又柔「魯肉飯のさえずり」、森見登美彦+上田誠「四畳半タイムマシンブルース」、大前粟生「ぬいぐるみとしゃべる人はやさしい」など。新刊以外では、絲山秋子「薄情」、多和田葉子「容疑者の夜行列車」、山崎ナオコーラ「ボーイミーツガールの極端なもの」、西東三鬼「神戸・続神戸」、戯曲で谷賢一「福島三部作」。
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文章読本さん江

斎藤美奈子「文章読本さん江」

谷崎潤一郎、三島由紀夫、丸谷才一ら文豪の「文章読本」から、本田勝一の名著「日本語の作文技術」、さらにレポートや論文の書き方といった本まで、古今の文章指南書を滅多切り。口語文の誕生前後から現代まで文章術の本の系譜をたどり、国語教育の歴史にまで踏み込み、文章という表現の本質を探る。王様が裸だと喝破し、「良い文章」という目標を脱構築する。軽妙な文章だが、非常に充実した内容。
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