古文書返却の旅―戦後史学史の一齣

網野善彦「古文書返却の旅―戦後史学史の一齣」

戦後まもなく、水産庁の研究所で、全国の漁村に残る古文書を集めようという壮大なプロジェクトがあった。日本常民文化研究所に委託されて始まったその事業は結果的に打ち切りとなり、日本各地から収集された膨大な文書が後に残された。

著者はその後始末を通じて、網野史学とも呼ばれる新たな歴史認識を築き上げた。三十年以上も未返却となっていた文書を頭を下げながら返却して回り、その過程で襖の下張文書などから新たな史料を見出し、日本史の常識を疑い始めた。
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ダリエン地峡決死行

北澤豊雄「ダリエン地峡決死行」

おそらく最も越えるのが難しい国境だろう。

コロンビアとパナマの国境であるダリエン地峡は密林が覆い、道らしい道も存在しない。コロンビアでは長くFARC、AUCを中心とした内戦状態が続き、国境の密林はコカインの密輸ルートにもなってきた。近年、コロンビアの治安は劇的に改善されたが、ダリエン地峡は今なお、ゲリラやマフィアが跋扈し、地雷が至る所に埋められ、戦闘や誘拐事件が続いている。
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掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集

「掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集」

2004年の死後、再評価が進む米国の作家。初の邦訳短編集。

レイモンド・カーヴァーをより泥臭く、スレたようにした印象。一方に想像力の極北というようなスケールの大きな物語があり、一方にこうしたミニマルで、個々の人生、日々の生活から生まれたような作品があるのが米文学の面白さ。
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ケーキの切れない非行少年たち

宮口幸治「ケーキの切れない非行少年たち」

少し遅れて、話題の新書。著者は医療少年院などで働いてきた児童精神科医。タイトルや帯にあるように、丸いケーキを均等に切り分けられない子供たちがいるという事実が目を引くが、「最近の子供は学力が低下している」というようなありふれた内容ではない。著者は教育の本質的なあり方を問う。
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土に贖う

河崎秋子「土に贖う」

北海道を舞台に、移り変わっていった近代産業に従事した人々の姿を描いた短編集。「蛹の家」(養蚕)、「頸、冷える」(ミンク飼育)、「翠に蔓延る」(ハッカ栽培)、「南北海鳥異聞」(海鳥採取)、「うまねむる」(装蹄)、「土に贖う」(レンガ工場)。最後に現代を舞台とした「温む骨」。どの短編も短い中に産業の栄枯盛衰と人々のドラマが詰まっている。
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宮本常一を旅する

木村哲也「宮本常一を旅する」

宮本常一の足跡を訪ねる旅。ただの紀行文ではなく、宮本民俗学を補い、現代につなぐ優れた仕事。

宮本は民俗学者であると同時に稀代の旅人でもあり、優れた農業・地域振興指導者の顔も持っていた。宮本が何を記録し、同時にそれぞれの土地に何を残していったのか。著者は宮本の膨大な資料を読み込んだ上で各地を回り、宮本が見たもの、見残したものを探っていく。
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折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー

ケン・リュウ編「折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー」

今年は劉慈欣の「三体」が話題になったものの、中国のSFと言われて具体的な作品が思い浮かぶ人は多くないだろう。そもそも中国文学の邦訳は言語圏の大きさに比して極めて少ない。

本書は中国の作家のSFアンソロジー。7作家の短編13本とともに、SF論的なエッセイや各作家についての解説も収録されている。中国文学の今を伝えるとともに、SFというジャンルの幅と奥行きを示す充実した一冊となっている。
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