橋のない川

住井すゑ「橋のない川」

「先生、わしは、エッタやいわれるのが一番つらいネ。なんぼ自分でなおそう思うても、エッタはなおせまへん。先生、どねんしたらエッタがなおるか、教えとくなはれ」

「なア、同じ人間でもえらい違いや。天皇さんは、糞でも宝物にされなはるし、こちとらは、作った米さえ、くさいの、汚いのときらわれる」

明治時代末から大正時代にかけての被差別部落の暮らしを描き、1961~93年に計7部を刊行、800万部を超すベストセラーとなった大河小説。
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「仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう」

仲野徹「仲野教授の そろそろ大阪の話をしよう」

仲野徹・大阪大教授と大阪にまつわる専門家らの対談集。テーマは歴史、言葉、食から、音楽、落語、花街、鉄道など多岐にわたる。気楽な読み物であると同時に、内容はディープ。「面白い対談」の見本のような一冊。
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キュー

上田岳弘「キュー」

石原莞爾の思想が語られる戦中・戦後、心療内科医の主人公が奇妙な体験をする現代、「個」が廃止された地球で現代人のGenius lul-lulがコールドスリープから目を覚ます未来の三つの時代が交互に描かれる。

効率、必然で歴史が進んでいくとしたら、人間を人間たらしめているのは、それに抗う力なのかもしれない。
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死にがいを求めて生きているの

朝井リョウ「死にがいを求めて生きているの」

ゆとり教育を挙げるまでもなく、平成という時代は(表面的には)競争や対立を忌避してきた。その平成が終わった今、世の中はどうしてこんなにギスギスしているのか。

ある事故で意識を失ったままの智也と、彼を献身的に見舞う雄介の2人を軸に平成に育った男女の姿を描く。表面上は親しげに接しながら、言葉の端々でマウントを取り合う様が生々しい。
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Colorado

Colorado(コロラド)

今なお精力的な活動を続ける御大だが、もうクレイジー・ホースとの新譜は聴けないかもしれないと心配していた。前作の「Psychedelic Pill」が傑作だっただけに、ソロやプロミス・オブ・ザ・リアルとの新譜が発表される度に、少し寂しい思いがしていた。
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夢も見ずに眠った。

絲山秋子「夢も見ずに眠った。」

仕事が長続きしない夫と金融機関に勤める妻。婿養子として妻の実家に同居している夫を残して、妻は単身赴任で札幌に赴く。夫婦のすれ違いの物語だが、二人の感情を綴る筆は穏やかで、どこかチェーホフ的な喜劇のようでもある。

挫折も失敗も重ねながら、二人の関係は続いていく。岡山から北海道まで、旅行や転勤先の風景が二人の人生の背景を彩る。ロードノベルとしての魅力もある。
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藁の王

谷崎由依「藁の王」

デビューしたものの、著作は絶版になった1冊だけという小説家が、大学で創作を教えることになり、学生との関係を通じて「書くこと」について向き合う。何のため/誰のために書くのか、学生たちとの関係が行き詰まる中で「わたし」は考える。同時に、自分の考えを学生たちに強いても良いものかと悩む。

フレイザーの「金枝篇」に書かれる王殺しのエピソードが、教師と生徒、書き手と読み手/未来の書き手の関係に重ねられる。著者自身も大学の文芸学部で教鞭をとっており、フィクションの中に私小説の雰囲気も漂う。
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図書室

岸政彦「図書室」

著者の書く文章には、温かな諦念というようなまなざしが常に感じられる。諦念というとネガティブに聞こえるが、それは自分や他者の人生に対する肯定と一体となっている。

表題作は、五十歳の「私」が、幼い頃に通った公民館の図書室で出会った少年との思い出を振り返る。小学生の二人が交わす大阪弁の会話がほほ笑ましい。人類が滅亡した後にどうすれば生き残れるか。切なく、おかしく、どこか温かい記憶。
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