風の歌を聴け

村上春樹「風の歌を聴け」

「羊をめぐる冒険」以降の作品は時々読み返してきたが、デビュー作である「風の歌を聴け」を開くのはずいぶん久しぶり。

1979年発表。初期の作品に共通する「僕」と「鼠」のひと夏の物語で、著者が20代の最後に書いた感傷的な作家宣言とも言える作品。処女作にはその作家の全てが詰まっているとよく言われるが、その言葉通り、冒頭の文章には著者の全ての作品に共通する姿勢が刻まれている。

「今、僕は語ろうと思う。(中略)うまくいけばずっと先に、何年か何十年か先に、救済された自分を発見することができるかもしれない」
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信用の新世紀 ブロックチェーン後の未来

斉藤賢爾「信用の新世紀 ブロックチェーン後の未来」

ブロックチェーンの技術がもたらす社会経済の未来像。それはデジタルマネーの普及や、法定通貨が仮想通貨に置き換わるという単純な話ではない。著者は貨幣経済が衰退し、新しい形の信用経済が世界を覆っていくだろうと予見する。その際、消費者と生産者の区別はなくなり、人工知能の発達、シェアリングエコノミーの普及と相まって、「貨幣」「専門分化」「国家」は三つ巴で存在感を低下させていくという。
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アラビアの夜の種族

古川日出男「アラビアの夜の種族」

古川日出男版「千夜一夜物語」。2段組約700ページ。文庫版は3巻で1000ページを超す大部ながら、夢中になって読み進めた。日本推理作家協会賞と日本SF大賞受賞と聞くとまるでジャンルが分からない作品だが、ファンタジー小説と呼ぶのが適当だろう。

ナポレオン軍の侵攻が迫るカイロで、奴隷出身の執事アイユーブは、類い希な技能を持つ語り部とともに、読んだものを骨抜きにする「災厄の書」の作成を始める。誰もが魅了される物語と前置きして作中作を挿入することは、作家としては非常に大きな挑戦だが、著者の奔放な想像力は圧倒的な熱量の冒険譚を生み出した。
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臣女

吉村萬壱「臣女」

夫の不倫をきっかけに精神に異常を来し、身体の巨大化が始まった妻との日々。

およそ人間とは思えないサイズまで肥大化していくという非現実的な設定だが、一人称の筆は、その妻との生活の苦労を淡々と、グロテスクに綴っていく。
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異国トーキョー漂流記

高野秀行「異国トーキョー漂流記」

コンゴで幻獣を探し、東南アジアのアヘン栽培村に住み込み、無政府状態のソマリアを旅する。規格外の旅を軽やかな筆で記してきた高野秀行が、日本で知り合った異国からの友人との思い出を綴ったエッセイ集。

BUTOH(舞踏)に憧れ、自分探しの果てに日本にたどり着いたフランス人から、出稼ぎのペルー人、故国を追われたイラク人まで。登場する人々それぞれのエピソードを通じて、東京はトーキョーに姿を変え、日本の生きづらさも、生きやすさも、改めて浮かび上がる。体当たりのルポとは違う味わいのある“世話物”の一冊。
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2017年まとめ

2017年に読んだ本は124冊(前年比6↓)、4万2516ページ(同1137↓)。

  

まずは何といっても池澤夏樹編の日本文学全集の新訳シリーズ。

池澤夏樹は刊行に当たっての「宣言」で「われわれは哲学よりも科学よりも神学よりも、文学に長けた民であった」と記しているが、その言葉通り、現代作家の手で新たな命を吹き込まれた作品群の多彩さに驚かされた。
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古事記 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集01
古事記

池澤夏樹編の日本文学全集。第1巻では編者自ら古事記の新訳に取り組んだ。

古事記に関しては、石川淳の「新釈古事記」が素晴らしく、流麗で格調高い文章と読みやすさを両立していて何度読んでもため息が出てしまう。ただ、かなり言葉や要素を補っているため、現代語訳というよりは石川淳の作品と呼んだ方が相応しい。

池澤夏樹は本文を加筆することは極力避け、ページ下部に膨大な注釈を付けた。このことによって、神や人の名前の列記と、物語に挿入された数々の歌が大半を占める原典の構成がよく分かるようになった。特に名前の列記について池澤訳はこだわりを見せ、改行などで非常に見やすく並べている。
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枕草子/方丈記/徒然草 池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07

池澤夏樹=個人編集 日本文学全集07
枕草子/方丈記/徒然草

「山が崩れて、川を埋めた。平らなはずの海が、斜めに突き刺さるように、陸を襲った。(中略)震災の直後、人びとは、少し変わったように見えた。目が覚めた。まったくどうしようもない社会だったんだ、といい合ったりしていた。おれたちは、欲に目がくらんでいたんじゃないか、とも。そう、人も社会も、震災をきっかけにして変わるような気がしていた。だが、何も変わらなかった。時がたつと、人びとは、自分がしゃべっていたことをすっかり忘れてしまったのだ」

この「震災」は、今から800年以上前に起きた元暦の地震(文治地震)のこと。

池澤夏樹編の日本文学全集。7巻は三大随筆の現代語訳。酒井順子訳「枕草子」、高橋源一郎訳「方丈記」、内田樹訳「徒然草」。優れた訳文によって、三者三様の雰囲気がよく出ており、清少納言、鴨長明、吉田兼好というのはこういう人だったんだなあということがよく分かる。
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