映画というより映画館にまつわるエッセイ集。銀幕に憧れて育ち、銀座文化劇場(現シネスイッチ銀座)でもぎりのアルバイトを7年間していた著者の映画愛と映画館愛にあふれた一冊。もぎり時代の思い出を交えつつ、旅先で映画館を訪ねた際のエピソードなどが軽妙な文章で綴られる。
“もぎりよ今夜も有難う” の続きを読む
私の旧約聖書
色川武大という信仰からは最も遠いイメージを持つ作家が綴る、旧約聖書についての随想。
阿佐田哲也の筆名でも知られる著者は、博奕で生きていた若い頃、偶然に近いきっかけで旧約聖書を手に取り、人間の叡智に恐れを抱いたという。
“私の旧約聖書” の続きを読む
断片的なものの社会学
読書の喜びは、知らないことを知ることと、それ以上に、自分が感じていること――悲しみや苦しみも含めて――を他の誰かも感じていると知ることの救いの中にある。同じ考えでなくてもいい。自分以外の人も、自分と同じようにいろいろなことを感じ、考えている。それに気付くことが読書の最大の価値だと思う。
著者はライフヒストリーの聞き取りを重ねてきた社会学者。といってもここに書かれているのは、分析や仮説ではない。路上から水商売まで、さまざまな人生の断片との出会いの中で、著者自身が戸惑い、考えたことが柔らかな文体で綴られている。
“断片的なものの社会学” の続きを読む
死体は語る
監察医として30年あまり、さまざまな事件・事故の変死体と向き合ってきた著者によるエッセイ。死者の人権を守る仕事としての監察医の役割についてよく分かる。
“死体は語る” の続きを読む
グアテマラの弟
エッセイの名手とは聞いたことがあったが、これほど素敵な文章を書く人だとは。グアテマラで暮らしている弟を訪ねた旅の話に、幼い頃の家族の思い出などが挟まれる。少し手を入れるだけで、それぞれのエピソードがそのまま洒落た短編小説になりそうな趣がある。
“グアテマラの弟” の続きを読む
時をかけるゆとり
「何者」で、23歳という若さで直木賞を受賞した著者のエッセイ集。執筆時期は現役大学生だった頃から、直木賞受賞直後に書いたものまで数年間にわたっている。
自転車旅行や就活の話など、内容的にはリア充(?)大学生の日記(しかも自虐風自慢多め)という感じだが、文章の巧みさと観察眼の鋭さ(この観察力は「何者」を読むとよく分かる)で非常に楽しい一冊になっている。腹の弱さを嘆き、美容師と格闘し、見通しの甘さで旅行をふいにする。大学生らしいバカバカしいエピソードの一つ一つに、吹き出したり、にやにやしたり、かつての自分の姿を思い出して赤面したりと、身近な話として引き込まれた。
“時をかけるゆとり” の続きを読む
書を捨てよ、町へ出よう
ここ数年、それぞれの本にも読むべき年齢があるということを感じるようになった。10代の経験が10代でしかできないように、10代の感性では、30代の今は本を読むことができない。その逆も然り。
“書を捨てよ、町へ出よう” の続きを読む
なつかしい芸人たち
「麻雀放浪記」の阿佐田哲也のイメージで色川武大の「狂人日記」や「百」といった小説を読むと驚かされるが、さらにこうしたエッセイを読むと、その芸能分野の造詣の深さに再び驚嘆させられる。その上で、こうして著者の人生観は育まれたのだと、読みながらストンと腑に落ちる。
“なつかしい芸人たち” の続きを読む
西行
白洲正子「西行」
西行の評伝。後半からはゆかりの地を訪ねる紀行文の色が強くなる。西行は歌を詠みながら日本各地を漂泊した。武士でありながら出家し、そしてなお俗世への思いも捨てきれない。自分の欲望を持てあましつつ、それを受け入れて生きる。大変人間的な人物で、自らが歌を詠むことを仏を彫る心地に喩えた。
“西行” の続きを読む
世界のおばあちゃん料理
ガブリエーレ・ガリンベルティ「世界のおばあちゃん料理」
本屋で思わず買ってしまった一冊。邦題はストレートなレシピ本という感じだけど、原題は“In Her Kitchen”。著者はイタリアの写真家で、その名の通り、世界のおばあちゃんのキッチンの写真に、得意料理のレシピと短いライフストーリーを付したもの。欧米からアジア、アフリカ、太平洋の島国まで50カ国58人。家庭料理だけあって、ほとんどは塩やオリーブオイルなどシンプルな味付けで日本でも簡単に再現可能なのがうれしい(一部、ムースやイグアナ、乾燥芋虫など、手に入らない食材も混ざっているけど)。それぞれの料理におばあちゃんの生き方や家族との関係が滲み、土地の暮らしが垣間見えて引き込まれる。