青春の蹉跌

石川達三「青春の蹉跌」

青年期の思い上がりを描いた(爽やかさの全く無い)青春小説。登場人物がとにかくエゴイストで、読んでいて不快になること間違いなし。特に主人公は強い上昇志向とともに、自分は社会とうまく付き合うことができる、自らの運命を乗りこなせるという思い上がりを抱いていて、それが躓きを招く。自分はもっと謙虚だと思いつつ、気づかない場面で自分も自分の判断力を過信しているかもしれないと身につまされる。そしてまた、この主人公の自分が正しいと思い上がる徹底した独善性は、今の社会に通じる気持ち悪さがある。

ある女

岩井秀人「ある女」

岸田賞受賞作。自分はこんなに変じゃないと笑いつつ、どこか身につまされる面白さが著者の作品にはある。この戯曲は、不倫の泥沼に沈んでいく女を描く。主人公を含めて登場人物が皆イタイ。笑いどころ沢山だが、ふと、人間、生きていく上で選択肢なんてそんなにないのかもしれない、と冷静になる。

神道の逆襲

菅野覚明「神道の逆襲」

ポップな(少しださい)タイトルの割には中身は全然ポップではなく、しっかりとした神道思想史。伊勢神道、吉田神道、垂加神道から、本居宣長や平田篤胤らの神道解釈まで、日本人にとって神様とは何か、の思想を追っていく。個人的には、国家神道や現在の神社神道がなぜ成立したのかを含めて神祇信仰全体の歴史を知りたくて手にとった本だが、そうした総合的な視野で書かれたものではなく、あくまで思想史。政治や社会情勢に対する言及は少ない。

秋の日本

ピエール・ロチ「秋の日本」

仏作家、ピエール・ロティの日本滞在記。

明治期に日本を訪れて記録を残した外国人は大勢いるが、ロティはラフカディオ・ハーンなどと比べるとかなり率直な旅行者の視線=軽侮や驚き混じりの感想を記していて、だからこそ、現代の旅行記と似た感覚で面白く読める。京都駅で人力車の客引きに囲まれる所など、バックパッカーのインド旅行記のよう。
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開幕ベルは華やかに

有吉佐和子「開幕ベルは華やかに」

「一の糸」や「紀ノ川」といった作品の一方で、こうしたミステリー風の作品も書いてしまう有吉佐和子の多才さに驚かされる。といってもミステリー要素はおまけで、あくまで商業演劇の舞台裏を描いた人間ドラマ。東竹、松宝、中村勘十郎、八重垣光子と、モデルがはっきりしているのも面白い。大御所ふたり、勘十郎と光子は舞台裏でバチバチやりあいながら、芸の上ではお互いを信頼している。その描写が緊張感あふれ、胸を打つ。有吉佐和子は芯のある人を描かせると比類ない。演劇ファンにお勧めの一冊。

イトウの恋

中島京子「イトウの恋」

明治の日本を旅し「日本奥地紀行」を記したイザベラ・バード。その通訳、伊藤亀吉(実在の人物は鶴吉)の恋という、よくまあそんなマニアックな所に目をつけてフィクションの題材にしようと思ったものだというのが第一印象。名著「日本奥地紀行」そのものとは比ぶべくもないけど、予想以上に面白かった。伊藤が晩年に記した手記が見つかったという設定で、明治と現代の男女の物語が巧みに進められていく。一回り以上年の離れた異国人にひかれていく少年の焦燥感は、知識への渇望と重なって、切なくも瑞々しい。